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「居酒屋ネット」を作り“神”になったような気分に

――なんの掲示板ですか?

小野 体力のない自分が飲み会の二次会の場所を走って探さなくてもいいように、あらかじめ住所と電話番号を載せておくだけの「居酒屋ネット」です。「神様が作り出したとしか思えない複雑な人間の脳みそを研究していたけれど、プログラムって自分が考えた通り動く。これって脳みそ作った神様と同じじゃん」って、もう自分が神になったような気分でした。

――神様ですか(笑)。

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小野 ええ、今ならそれは盛大な勘違いだと分かるんですけど、もう生命の神秘よりも、iモードですよ。それで卒業後、日本IBMに就職しました。そしたら新卒研修が終わったタイミングで、僕の作ったiモードのサイトを見たサイバーエージェントの人から連絡がきて、会いたいと。僕はその時、自分のiモードのサイトを買ってもらえたらと思ったんです。サーバー代が高くて新卒の給料では払うのが大変だったから。

 そしたら、「そんな自作サイトはいらないけど、iモードに特化した子会社を立ち上げるので社員にならないか」という勧誘だったんです。IBMには本当に申し訳ないけれど、大好きなiモードのために転職することになりました。

仕事・マラソン・飲み会…三本柱の生活

――それで新しい会社では何をやったんですか?

小野 僕が正社員第1号で、蓋を開けてみたら「iモード使って何かやろうぜ、イエイ! お給料はあげるけれど、売り上げちゃんと作ってね」という状態(笑)。8年ほど働いて100以上のモバイルサイトの立ち上げ、社員が600人に増えたところで独立して、「インフィニティ・ベンチャーズLLP」というベンチャーの投資会社を起業しました。投資だけではなく、時には自分が代表として経営することもあって。ジモティーは自分が社長として運営し、グルーポンは友人と共同で立ち上げから関わりました。

――その頃は、IT起業家としてどういう生活だったんですか?

小野 仕事・マラソン・飲み会の三本柱です。ちょうど、独立したころ「任天堂Will Fit」が流行って、やっているうちに運動音痴の自分が外を走れるようになりました。そこからマラソンにハマって、都内の移動ももっぱらトレーニングがてらのジョギングで、マイクつけて電話会議に参加したりしてました(笑)。

――移動とトレーニングと会議が同時なんですね。

小野 資本主義は時間と効率のタイムパフォーマンスが大事なんです。そして夜は毎晩、深夜まで飲み会で、週末はどこかでフルマラソン大会や山岳レースに参加してましたね。海外出張も多くて、前のめりでいつか倒れるんじゃないかと思うほど忙しかったけれど、楽しかったし充実していました。

動画サイト「17LIVE」のCEO時代、新作発表をする出家前の小野裕史さん(小野氏提供)

――絵に描いたようなリア充っぷりですね。

小野 でもその充実しているように見える生活の裏で、株主には数字を伸ばすことを求められ続ける。

 ビジネスで成功し儲けを出すには社員のお給料を押さえなくてはならなかったり、ユーザーさんに負担をかけることもありました。

 次世代の人を応援したいという気持ちで始めたことですが、常に「成長こそ全て」という“成長圧”に押されて。気づけば、きれいごとを言っても力学のように現実に流されて行くしかなかった。そんな本音と建て前の狭間で、自分はまさに“数字の奴隷”になっていました。