ベンチャー投資家・アドバイザーとして「ジモティー」や「グルーポン」の立ち上げに関わり、「17LIVE」のCEOを務めるなど日本のIT業界を牽引してきた小野裕史さん。南極や北極、サハラ砂漠などでの過酷なマラソンに参加してきた冒険家の顔も持つ。そのアグレッシブな人が、突如、地位も仕事も捨ててインドで出家したという。いったい彼の人生に何があったのか。その紆余曲折の驚きの人生と出家への覚悟、そして仏教への想いなどを2回に分けてお届けする。 (全2回の1回目/#2を読む)
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なぜか頭をツルツルに剃って、妙に目がキラキラ
事の始まりは書籍担当者からの一本の電話だった。2019年にノンフィクション『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』を文藝春秋から出版したのだが、その本を読んだ40代後半の男性が、著者である私に会いたいと言っているらしい。
私が3年かけて取材した佐々井秀嶺さんという方は、インド仏教1億5000万人の頂点に立つ日本出身の僧である。ヒンドゥー教徒が多数を占めるインドで10万人だった仏教徒を50年かけて激増させた立役者だ。若い頃は荒れて自殺未遂を繰り返していたが僧となり、インドに渡ってからは何度も暗殺されそうになりながらも、貧困や差別にさらされるアウトカーストの人々を命がけで救ってきた。
話を戻そう。私は「こういうご時世ですから、もし変な人だったら……」と言葉を濁すと、その男性は文藝春秋から『マラソン中毒者』という本を数年前に出版した著者であり、双方の編集者も同席してくれることになった。
文春のサロンに現れた40代くらいの男性は、なぜか頭をツルツルに剃っており、痩せていて妙に目がキラキラしている。上下黒のトレーナーを着ていて、足元を見るとこの北風が吹く寒い日に雪駄であった。
地位も名誉もお金も捨て、出家をしたワケ
「小野と申します。白石さん、ご本、読ませていただきました」
「ありがとうございます。小野さんは今、何をされているんですか?」
「坊主です。まだ数か月の新人ですが」
「ああ、ご実家はお寺ですか?」
「いいえ、跡取りとかではなく、前世はITベンチャーの投資やCEOをしていました」
「前世?」
「はい。数か月前までの人生は、もう全て前世なんです」
「……ええと、何でITの方が坊主に?」
「インドを旅する前に、白石さんの本を読んで衝撃を受けて、佐々井さんにお会いしたら『坊主になれ!』というので、頭を丸めて帰国しました」
「えっ、そんな簡単に?」
「もう地位も名誉もお金も捨てました。これからは裕史ではなく、坊主の龍光として生きていきます!」
「坊主の龍光⁉」
そして小野さんは両手を合わせて「本のおかげです。一言、お礼が言いたくて」と恥ずかしそうに微笑んだ。私は絶句した。今までも、『佐々井秀嶺、インドに笑う』を読んだ読者の方から、たくさんの感想やメッセージをいただいた。そのほとんどは、一人の僧侶のノンフィクションとしておもしろく読んだというものだ。しかし、本がきっかけでインドまで行って出家してしまった人は初めてであった。