リーマンショックの後で自動車メーカーなど多くの企業が派遣や有期の労働者を解雇し、巷には失業者が溢れていた。2008年の大晦日から6日間、東京の日比谷公園に初めて「年越し派遣村」が開設され、NPOや労働組合が行き場のない人たちに食事や寝床を提供した。そんな不況のさなかだった。私はふと栗城さんに聞いてみたくなった。
「仕事や住む場所がなくなって困っている人が、今たくさんいますよね? 私なんかは、どこが先進国なんだ? って企業だけじゃなく国に対しても腹が立つんですけど、栗城さんはどう思います?」
彼は「いやあ」と笑みを浮かべた。
「仕事を選んでるだけじゃないですかねえ? ボクはバイトやめてもすぐに次のバイト見つけましたよ。前さえ向いてれば大丈夫じゃないですかね? 後ろ向きになるから、何もかも失くしてしまうんですよ」
「後ろ向きだったからリストラされたわけじゃないでしょう?」
「そうかもしれないけど、切り替えて前を向かないと。ボクの知り合いは『向き不向きより前向き』っていつも言ってますよ」
意外ではなかった。そんな答えが返ってきそうな予感があった。
「敵が手ごわいほどボクは燃えるんです」
公園で年を越す人たちは、パソコンなど持っていない。スマートフォンもまだ普及していなかった。彼らは栗城さんの動画の視聴者にはなりえないのだ。
栗城さんが「元気にしたい!」のは、実はすでにある程度元気な人たちだった。
「敵が手ごわいほどボクは燃えるんです。頑張りますよ」
彼は「ニートのアルピニスト」などではない。野心に燃える起業家のオーラがあった。
私は別の仕事があったので、栗城さんを新千歳空港の出発ロビーで見送った。その晩、栗城さんからメールが届いた。
『プレゼンうまくいきました。額は少なかったですけどね』
夜の公園で焚き火に手を翳す人たちの姿が、私の頭に浮かんだ。
INFORMATION
『デス・ゾーン』の文庫版刊行に際して、丸善ジュンク堂書店の複数店舗で「開高健ノンフィクション賞20周年記念ブックフェア」が開催されている。
過去の受賞作2作と合わせて、いずれも「冒険」をテーマにした3作品が展開中だ。