雪崩が起こりうる冬山での遭難はおそろしいが、夏にもリスクがある。2009年7月、夏山登山としては「過去最悪」とされた北海道大雪山系のトムラウシ山での遭難事故について、登山家で登山教室「無名山塾」主宰(現在は顧問)の岩崎元郎氏による寄稿(「文藝春秋」2009年9月号)を掲載する。(全2回の1回目、後編に続く)

(※肩書・年齢等は記事掲載時のまま)

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中高年者が犠牲となった

 7月16日、北海道大雪山系のトムラウシ山で9名、美瑛岳で1名が遭難、死亡した。夏山登山としては過去最悪の遭難事故を僕が知ったのは、北欧の屋根、ノルウェーのヨートゥンハイメン国立公園をハイキングしているときだった。

 僕は現在64歳。山に魅せられて、50年近く経つ。NHK教育テレビで「中高年のための登山学」(1995)という番組を持ったのをきっかけに、中高年者への登山普及に心を砕いてきた。ノルウェーにも、僕が企画する中高年登山者を対象とした「地球を遠足」シリーズのツアー登山で行っていたのだ。だからこそ、中高年者が犠牲となった今回の事故には心が痛む。

 特に考えさせられたのが亡くなった10人のうち8人が同じパーティだったこと。旭岳からトムラウシ山までを2泊3日で縦走する登山ツアーの参加者15人、ガイド3人のうち(入山時のガイドは4人だが1人は最終日の16日は同行せず)、参加者7人とガイド1人の計8人が命を落とした。

2009年7月17日、北海道警ヘリで登山口に運ばれてきた女性(十勝毎日新聞提供) ©時事通信社

 このツアーを企画したのは1991年創業のA社(東京・千代田区)。設立当初は日帰りの格安バスツアーを得意としていたと記憶している。正直に言うが、この会社の名前を聞いたときに「やっぱり……」と思った山関係者は僕だけではないと思う。A社は、今回のツアー参加者が入山2日目に宿泊したヒサゴ沼避難小屋や、屋久島宮之浦岳新高塚小屋など、人気コースの無人小屋で、スタッフを先行させ、銀マットを敷くなどして場所取りしていた、という話を現地ガイドやその場に居合わせた登山者から聞いている。

 無人の避難小屋は到着順に寝場所を確保する。男性なら幅50センチ、長さ2メートル弱くらいが1人分のスペース。遅れてくるメンバー2、3人分なら許されるかもしれないが、スタッフを先行させて20人をこえるパーティ全員分の場所取りをするというのは、許容範囲を超えていると思う。避難小屋がいっぱいで入れなければ、後から来た登山者は小屋の外にテントを張らざるを得ない。登山者としてのモラルよりも、自社のツアー参加者のことしか考えない営利優先の行動で、その分危機管理がおろそかになったのかな、と思ってしまう。