ドラフトは生き物だ。上手く運ばないことの方が多い。それなのに、こんな奇跡があるのかと誰もが驚いた。大逆転勝利だった。
昨秋のドラフト会議のことだ。中日ドラゴンズが育成3位で指名した樋口正修(埼玉武蔵ヒートベアーズ)には、その3日前まで調査書は届いていなかった。BCリーグとしては初の試みとして遠征したみやざきフェニックス・リーグに、最後のチャンスと樋口も参加した。そのうちの1試合としてたまたま中日戦が組まれていたのだ。
その日、10月16日。樋口は第1打席でライト前に二塁打を打ち、片岡篤史二軍監督の目の前を持ち前のスピードで駆け抜けた。深い当たりではなかったが二塁へ到達し、類まれな足を証明して見せた。
試合を終えた片岡監督は、樋口に言った。
「お前、NPBに行く気はあるんか?」
否と言うわけもない。片岡監督から立浪監督へ話が通り、その翌日に樋口は宮崎滞在のまま、急遽調査書を書いたのだという。
埼玉武蔵の首脳陣ですら「もう今年の指名はない」と彼を翌年の主力選手として計算していた。ヒットを1本打ったからといって、運命が変わると誰が思っただろう。そんな「奇跡」が起きた理由が、樋口にはあった。
「もっと速くならなきゃならないんです」
1つ目にして最大の理由はもちろん、光る「俊足」があったおかげだ。
しかし樋口正修は最初から足が速かったわけではない。「高校3年生の時に50m5秒9になったんですけど、2年生では6秒7だったんですよ」というから驚く。
「パワーがあるタイプじゃないので、どこを伸ばそうと思った時に足を伸ばそうと思いました。陸上部の顧問の先生と仲が良かったので走り方のレクチャーを受けて、日常生活にもトレーニングを取り入れたんです」
北本高校から駿河台大学へと進んだ樋口は、全国大会とも無縁の存在で野球の進路がなく、伝手を辿ってBCリーグ埼玉武蔵ヒートベアーズのテストを受けた。
俊足を見出された樋口は「走りのスペシャリストを作る」という角晃多監督のコンセプトと合致した。2021年は「武蔵ロケッツ」と名付けられた俊足4人組がグラウンド狭しと走りまくった。立正大学データサイエンス学部と提携し、継続的な細かい計測と分析により、走りを科学で後押しするシステムも取り入れられていた。
盗塁は基本的にフリーパス。「大学ではあまり盗塁していなかった」という樋口が、BC埼玉では開幕から走りまくった。その年、樋口の盗塁は40を数える。NPB二軍とのBC選抜戦でもヒットを打ち、足も見せてドラフト候補として数えられるようになった。
しかし、2021年秋に、樋口正修の名前が呼ばれることはなかった。
それだけではない。自分は呼ばれず、自分と同じ足のスペシャリストであり、シーズン中ずっとライバルだったBC茨城の大橋武尊が横浜DeNAベイスターズに名前を呼ばれたのだ。その悔しさは計り知れない。
樋口はその日のうちに、翌年に向けて動いた。大学のゼミの教授を頼り、麻場一徳氏というリオ五輪で監督を務めたほどの陸上の権威に教えを乞うた。
「もっと速くならなきゃならないんです」
ひと冬かけて、もっと速くなる決意をした。