「今日、ボク(ワタシ)は誰を頼りにしたらいいの?」
今もなお、虐待を受けた子どもたちの声が聴こえてきます。「子ども虐待は、関係性という文脈で起こる事象である」(酒井 2021)と言われています。親自身の個人的要因、子どもの特性などの要因、そして親子の関係のあり方、貧困やその親子を取り巻く周囲の環境の要因が複合的に重なった時に、虐待が起こります。その時、子どもは最も頼るべき親に、守ってもらうどころか、逆に恐怖を覚えています。
そして、その恐怖を与えている親自身も、実は恐怖を抱えているのです。親にも子どもにも頼れる人が周りに誰もいません。親自身も「今、自分は誰を頼りにしたらいいの?」なのです。
「もう、疲れた、無理……」
次の場面は、施設入所中の子どもと親に向けたCRCがつくった親子関係再構築のプログ ラム“ふぁり”を、ある親子が開始して、5カ月経った頃のプログラムの一場面です。
〈2歳の春くんとお母さんの静香さん〉
静香さんは、久しぶりの春くんとの面会にドキドキしながら児相の待合室に向かいました。待合室で遊んでいた春くんは静香さんの顔を一瞬見ると顔を背け、一緒に来た担当保育士さんにしがみつきます。静香さんは肩を落としつつ、ちらっとこちらを見て、春くんに手を伸ばします。
「イヤーっ」
と、春くんはさらに静香さんから顔を背けます。彼女は一瞬、眉をひそめて再びこちらを見ます。ですが静香さんは頷いたのち、今度は覚悟をもって春くんのほうに体を向けました。
「春くん、ママ、会いに来たよ。久しぶりだもんね。びっくりしたね。ママと一緒に遊ぼうね」
と春くんをしっかりと抱きかかえます。でも、春くんは泣き続けます。
静香さんは泣きじゃくる春くんの背中を、優しくとんとんと叩き、「春くん……」とわが子の名を呼びます。すると、春くんが顔を上げて“あっ”という表情をして、「ママ」と小さい声でつぶやきます。彼女はその顔をじっと見て、
「そうだよ、ママよ、思い出した?」
と顔をほころばせます。再び静香さんを見た春くんは彼女にぎゅっと自分からしがみつきます。今度は“これだ”という確信に満ちた顔で。「春くん、ママよ!」静香さんの口元が緩み、こちらを向きます。〈見てた?〉という視線に思わず、スタッフは大きく頷きます。
春くんはこの1年ほど前に一時保護され、ある施設に入所しました。理由は身体的虐待。静香さんがずっと泣き止まない春くんを叩き、思わず布団をかぶせてしまったのです。その 時、静香さんは自分から保健師さんに電話しました。
「もう、疲れた、無理……」
保健師さんは「お母さん、少し休息したほうがいいです」と言って児童相談所に連絡し、やがて子どもが保護されることになったと静香さんは語りました。