事件発生…過酷な取り調べ
1966年6月30日。その務め先で、一家4人が殺害される強盗放火殺人事件が発生。
袴田元被告は、肩や手をケガしていたことや、パジャマに血がついていたことを理由に、事件から49日目、逮捕された。
水も与えられず、便器を持ち込まれ、1日最長16時間を超えた取り調べもあり、自白に至った。
当時の取り調べの音声では「大変に恐ろしいことをやったと思ってます。もう夢中で見られてしまったらしょうがないと」と話していた様子が記録されている。
沈黙を破った元裁判官
一審・静岡地裁は、45通の供述調書のうち1通しか採用せず、残りを排除。
裁判官を務めた熊本典道さんは、2007年に沈黙を破り、当時の捜査を痛烈に批判した。
袴田事件を担当・熊本 典道 元裁判官(2007年):
なんで20日間無茶苦茶な取り調べをするのか。確たる証拠がないからだろうと
熊本さんを除く、2人の裁判官の判断は有罪。死刑判決が下され、1980年、最高裁で確定した。
元刑務官が見た袴田元被告
死刑囚は、「死をもって罪を償う立場」。
刑務所には行かない。労務作業もない。拘置所に収監され、独居房で時を過ごす。
坂本 敏夫 元刑務官:
1日部屋の中にいて、テレビもパソコンもその他一切ありません。統一的に流れるラジオを聞くぐらいですね。あとは、本は自分で購入できるので読んだりして過ごしている。一番彼らが辛いのは、いつお呼びが来るのかということなんでしょうね
死刑は、執行される朝に担当の職員が訪れて、突然告げられる。
坂本さんは死刑判決の確定前と確定後の複数回、袴田元被告と接する機会があった。
坂本 敏夫 元刑務官:
印象に残ってるのは、1回目はまだ判決前です。 「大丈夫ですよ、最高裁の判事ですもん、他と違うでしょ、優秀でしょ」って言ったのが、本当に、裁判官を信じてましたよね。度々それが裏切られるわけでしょ。最高裁で裏切られ、再審請求で裏切られと。俺はやってないんだけど、これで死刑になるんじゃないかって。言葉悪いですけど、気が狂いますよね