WBC第1回大会でボブ・デービットソン球審が“世紀の大誤審”を起こし、日本がアメリカに敗戦したように、スポーツにおいて“審判”によるプレーのジャッジは試合の展開・結果を大きく左右する。責任が重くのしかかる審判たち。彼らは試合中に、いったいどんなことを考えているのか。
ここでは、日本プロ野球元審判員の佐々木昌信氏の著書『プロ野球 元審判は知っている』(ワニブックス)の一部を抜粋。プロ野球審判生活29年、通算出場2414試合を誇る元審判員が明かした「リクエスト制度」への率直な思いを紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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今だから話せる大失敗
審判冥利に尽きるときというのは2パターンあります。
「何ごともなく無事に終わった試合」
「監督の抗議を受けても、ルール通りに解決できたとき」
だから試合が終わったあと、審判は「あれ、きょうどっちが勝ったっけ」「誰がホームラン打ったんだっけ」。結果を一瞬忘れていることが多々あります。ファンの方が思っているより、「トラブルが何もない試合」は意外と少ないのです。たとえば、私にはこんな失敗談、いまだからこそ話せることがあります。
中日の中村武志選手が一塁走者で、ランダウンプレーが始まりました。中村選手は相手内野手のタッチを避けて、下にしゃがみ込みました。タッチは空振りですが、一塁塁審の私は何を思ったのか「スリーフィートオーバー」のジェスチャーをして、中村選手をアウトにしたのです。
スリーフィートオーバーとは走路を左右に外れてアウトになることなのに、「上下」に動いたことでアウトを宣告。中村選手は「ノータッチですよ」と、ふくれっ面です。
(そうだ、ノータッチだ。でもアウトと言っちゃったよ。どうしよう……)
当然、星野仙一監督は血相を変えてダグアウトを飛び出してきました。
「なんでスリーフィートオーバーなんだ! 上下にスリーフィートオーバーがあるのか?」
(すみません、スリーフィートオーバーではありません)
私は心の中でつぶやきました。しかし、「間違えました」とは絶対言えませんし、表情は(ごめんなさい)です。
その表情で星野監督は察してくれたようです。怒りを通り越して、噴き出しました。
「ま、スリーフィートオーバーじゃなくても、野手に挟まれていたんだからアウトだよな。タケシ、足遅いし」
中村選手は「どうせオレ、足遅いけどさ……」とグチっていました。