『水車小屋のネネ』(津村記久子 著)毎日新聞出版

 ヨウムとはなんぞや。この歳になっても知らない言葉は多い。ビスケットに砂糖がついたお菓子をヨーチと呼ぶことも、近年知ったばかりだ。「ヨウ」つながり(音のみ)で連想したが、まったく関係なかった。

 ヨウムとは言葉をしゃべるインコ科の鳥のことで、平均寿命は50年だそうだ。大変な長寿である。タイトルにあるネネが、この鳥の名前だ。

 主人公は小学3年生の律と、その姉である18歳の理佐。2人は親元から逃げ、山あいの町で暮らすことになる。

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 そこで知り合った人々との交流が、丁寧に丁寧に綴られていく物語。その年月、なんと40年!

 最終章では、律は48歳、理佐は58歳、ネネは推定50歳になっている。

 わたしは律と理佐の間の年齢なので、そのときどきの時代を自分とリンクさせながら読むことができ、長いようで短いこの先の人生を考えるきっかけにもなった。

 姉妹を取り巻く人々との絶妙な距離感は、「やさしさ」に他ならない。長い年月の間に、親しい人は死に、そして生まれ、出会い、新たな人たちとの営みが姉妹の生活に織り込まれていく。

 そのなかの1人に、理佐の伴侶となる人物が登場するのだが、彼の佇まいがとてもいい。好きだとか愛だとか恋だとか、ありきたりな勢いではなく、しずかにささやかに心を配っていく様の美しさは必見だ。

 物語は終始、山肌から染み出る湧き水のような、自然の理にかなった奥ゆかしさ(もちろんそれだけではなく、表面に出ない激しさを含む)で進んでいくが、その合間合間で存在感を放つのが、数々の音楽とネネのおしゃべりだ。

 クラシックから映画のテーマ曲、歌謡曲、ロックまでたくさんの曲名が出てきてリズムを刻む。なかでもネネが歌うレッド・ホット・チリ・ペッパーズの「ギヴ・イット・アウェイ」は想像するだけでたのしい。映画『グロリア』のセリフをしゃべるネネもいかしてるし、くしゃみを真似するネネも愉快だ。物語の間中、頭のなかでずっと流れている川の水音も心地いい。

 そして、なによりも感嘆するのは、見過ごしてしまいそうなほどの自然さで、ややもすると、埋もれてしまいそうなつつましさで、数多の珠玉の一節がちりばめられているところだ。

 ここでわたしのとっておきを、ひとつ紹介したい。

――自分の中には確かに、この若者の良心の一部も生きているのだ――

 これは、律が研司との別れの場面で思う気持ちだ。研司というのは、中学時代に律から勉強を教わっていた男の子で、この時点では24歳。研司の成長を見られることも、読者にとってはうれしいのだ。歳を重ねるとはこういうことだと教えてくれる一節である。

 自分にとっての宝の言葉を、ぜひとも探してほしい一冊だ。

つむらきくこ/1978年、大阪市生まれ。2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、13年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、16年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、17年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。
 

やづきみちこ/1970年、神奈川県生まれ。『しずかな日々』で野間児童文芸賞、坪田譲治文学賞を受賞。近著に『きときと夫婦旅』。