日本アカデミー賞なんか意味ないさ、と肩をすくめる映画ファンの気持ちも、分からないこともない。あれは映画業界のお祭り、日本テレビが年に一度人気俳優を集めて放送する映画版紅白歌合戦のようなもの、というのはその通りだし、選考基準も映画通好みとは言い難い。筆者自身、2020年の最優秀主演女優賞は『蜜蜂と遠雷』の松岡茉優に輝いてほしかった、といまだにブツブツ文句を言っている1人でもある。

 しかし、映画村のお祭りだからこそ、その祭りが意味を持つ瞬間もある。例えば今年の優秀主演女優賞がそうだ。

『流浪の月』で李相日監督と再び組んだ広瀬すず、『ケイコ、目を澄ませて』で聴覚障害のボクサーをセリフに頼らずに表現した岸井ゆきの、先日急逝した手塚社長の下、実写とアニメという東映のアイデンティティを融合した『ハケンアニメ!』で女優としての新境地を開いた吉岡里帆。そしてなんと言っても『さかなのこ』に主演したのん、能年玲奈が日本アカデミー賞の舞台に立つ。

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 NHKで何度か久々のテレビ出演をしてはいるが、民放のプライムタイムで日本アカデミー賞のレッドカーペットを彼女が踏む姿が放送されるのは、村八分にも似たここ数年の扱いが終わったことを意味する大きなセレモニーになるだろう。

社会の動きを予言したかのような作品となった『PLAN75』

 だがそうした若手女優たちの揃い踏みの中で、社会の側の動きによって大きな意味を持つことになったのが、75歳以上の高齢者の安楽死を認めることになった近未来の日本を描いた『PLAN75』の主演女優、今年82歳を迎える倍賞千恵子の登壇だろう。

©文藝春秋

「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」イェール大学助教授の成田悠輔氏のネット番組での発言はSNSの炎上を経由して海外紙にまで報じられ、世界に先駆けて高齢化社会が加速する日本に多くの注目を集める結果となった。

 多くの批判とともに、彼に呼応するかのようにインフルエンサーたちが擁護に回り、若い世代は高齢者の医療費や社会保障によって搾取されている、という世代間対立を煽る論が展開された。2022年6月17日に公開され、カンヌ国際映画祭でカメラドールの特別表彰を受けるなど、国内外の批評家の高い評価とともに観客動員の面でもロングランした『PLAN75』という映画は、1年も立たずに社会の動きを予言したかのように重い意味を持つことになった。