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お嬢様ばかりの女優たちの中で、異色だった「下町育ち」

 倍賞千恵子の演技によって喚起されるもう一つの記憶は、彼女が日本の映画観客とともに紡いできた記憶である。『男はつらいよ』シリーズの寅次郎の妹さくら。『幸福の黄色いハンカチ』で、北海道夕張の家に無数のハンカチを飾って高倉健演じる夫を待つ光枝。日本映画の歴史と共に歩いてきた倍賞千恵子の記憶が観客の中に走馬灯のように蘇る時、無価値なものとして自死に追い込まれる高齢者は見過ごされる風景ではなく、人間としての記憶と結びつく。

「ある時宮さんが、『倍賞さんはどうかな?』って言ってきたんですよ」と、スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫は『ハウルの動く城』のソフィー役に倍賞千恵子を起用した理由を日刊ゲンダイの連載で明かしている。

 日本の芸能界と距離を取る宮崎駿から直接の指名が出るのは珍しく、金曜ロードショーで『ハウル』が放送された時のジブリ公式ツイッターでも「Q:ソフィーの声に倍賞千恵子さんを起用した理由を教えてください。鈴木:宮さんが大ファンだったからです。隠してるけど(笑)」という言及がされている。

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©文藝春秋

『キネマ旬報』で山田洋次監督が「倍賞さんが下町で育ったことは有名だった。それまでの女優は山の手のお嬢さん育ちが多かったから、僕は下町の生活環境を背景にした映画を考えたわけです」と『下町の太陽』の制作経緯を語るように、北区の下町で育ち、共同井戸を使った商店街の人々に「チコ友の会」として応援を受けて送り出された倍賞千恵子は、スターとなった後も下町に生きる名もなき労働者たちのシンボルであり続けた。おそらくはそれが宮崎駿が彼女を『ハウル』のヒロインに指名した理由でもあったのだろう。

『PLAN75』を見る観客たちは、長く日本映画を照らしてきた『下町の太陽』が西の空に沈んでいくような痛みを感じることになる。それは倍賞千恵子の俳優人生の集大成とも言える演技力に加えて、若き俊英である早川千絵監督が観客に仕掛けた記憶の魔法でもあるはずだ。