京都・東山にて1912年に創業した料亭「菊乃井」の長女として生まれ育ち、若女将をつとめる村田紫帆さん(43)。 “婿を取る”ために約10年にわたって続けたお見合いにまつわるエピソードと、次期4代目である夫との出会いを伺った。(全4回の1回目)
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「20代から約10年」お見合いを続けた
――京都の料亭の若女将である村田さんですが、ご結婚に至るまでお見合いを50回されたとか。以前、夫の村田知晴さんがインタビューでそのようにおっしゃっていて。
村田紫帆さん(以下、村田) そうですかあ、恥ずかし。50回もしてへんで、とは言っておきました。50回は(夫が)言い過ぎです。
――実際には何回くらい?
村田 数えてはないんですけど、長かったですよね。20代の半ばくらいから、30代に入るくらいまでだったので、それなりの人数のお相手と。
――ご結婚はおいくつのときに?
村田 結婚したのは、33歳の年です。
――お見合い期間は10年…は言い過ぎかもしれないですが、20代から30代のいい時期にずっと。
村田 やっぱり、家のことがあるので、プライベートで知り合った男性と結婚となると、いろいろお互いに考えないといけないことが多いですから。だったら初めから(家業のことを)分かってくれてはる人とお見合いでっていう感覚ではいたんですけど。
――お見合いは嫌ではなかったですか?
村田 嫌…ですよぉ。
――反発するわけにもいかないような?
村田 反発すると、「じゃあ誰と結婚すんねん」と言われ続けるので、どうしたらいいやろと自分なりに考えながら、とりあえず結婚相手を探すということに関しては、お見合いが一番いいのかなと。
――ご自身でもある程度納得されて?
村田 納得というよりも、諦め、ですかねえ。
結婚相手について「すごくうるさかった」父
――「じゃあ誰と結婚すんねん」というのはお父さま(「菊乃井」3代目の村田吉弘さん)が?
村田 すごくうるさかったです。だから結婚できなくて。この人は駄目だっていうのはなかったんですけど、こういう人じゃないと駄目っていうのは言ってはったんですね。
――どんな条件でしたか。
村田 最終的には「日本人やったらいい」「人間のかたちをしてたらいい」くらいまで緩んだんですけど(笑)。最初のころは、次男じゃないと駄目とか、「菊乃井」に来てもらうから仕事もすぐ辞めて店に入ってもらわなあかんとか。
――むずかしい。
村田 それこそ20代の頃にそういうことを言うてはったんで、なんという親やって私は思っていたんです。そんな条件できてくれる人いるんかいなって。「食べることも好きじゃないとあかん」とも言ってはりましたし。

