京都の老舗旅館での修行を経て、「着物を着るまでは、“お玄関”もしていました」。京都・東山にある料亭「菊乃井」の長女・村田紫帆さん(43)が葛藤しながらも若女将になるまでの道のりと、生家の家族との思い出を辿る。(全4回の3回目)
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創業300年以上の老舗旅館で修行
――大学卒業後、すぐに家業に関わられたのでしょうか?
村田紫帆さん(以下、村田) 卒業して1年目は、「俵屋旅館」さんにいたんです。
――それは女将になるための修行として?
村田 「俵屋旅館」の女将さんは表に出ないスタイルで、館内のお花を生けたりはされるんですけど、お客さまのもとにご挨拶に回られたりはしないんですね。裏でどういう采配をしているか、側にいれば勉強になるんじゃないかと父から言われて、行かせていただきました。
――「俵屋旅館」は創業300年以上、京都で最も古いお宿のひとつですよね。
村田 女将さんがとても尊敬できる方で、美的感覚や知識量が素晴らしくて。お花を生けているところを見せていただいたり、女将さんがこういうふうにしたいから、まわりがこう動くという全体の流れを、間近で勉強させていただきました。
それから「菊乃井」に入社したのですが、すぐに着物を着てというふうにはなれなくて、お玄関をしたりとか、制服を着てお花を生けたり。
――お玄関というのは、村田さんの夫の知晴さんが、入社後にみずからお願いして3年間つとめていたという「下足番」ですか。
村田 そうです。私はお手伝い程度でしたけど、玄関にいて、お客さまをお迎えしていました。
――いつ頃からお着物を着られるように?
村田 20代の半ばくらいには若女将をしていたと思います。
「中心はやっぱり女将です」
――女将業の1日の流れはどんな感じなのでしょう。
村田 うちの母は、汗水流してみんなと一緒に働いてワンチーム、みたいなタイプなんですね。俵屋(旅館)さんとは全然違うので、「両方見ることが必要や」というのが父の考え方でした。
母に関していうと、お昼の営業に出て、お客さまが帰られたあと午後3時か4時くらいにお昼ごはんを食べて、5時に来られる夜のお客さまのために準備をします。お客さまが帰られるのはだいたい10時を過ぎるので、それから帰宅してお風呂に入って寝て、もう次の日。それでまたお花がだめになったりしているので、お昼の営業が始まる前にお花の連絡がきたら、お花を生けにお部屋を回ったり。
――(取材中の)お座敷のお花も女将さんが。
村田 私が生けることもあるんですけど、中心はやっぱり女将です。掛け軸などは父が見て、新しい掛け軸を今度はこのお部屋に掛けてみようということを父が考えて、掛け替えるのは母と仲居さん。

