――お母さまに相談されたりは?
村田 相談ではなく、自分で決めたことを伝える。それなら反対されないだろうと。
――留学先はどちらに?
村田 よくなんでって聞かれるんですけど、タイに行きまして。ヨーロッパとか西洋にはあんまり興味がなくて、タイに行ってみたいという気持ちのほうが強かったです。
――タイでは何を学ばれたのでしょうか。
村田 いわゆるストリートチルドレンと呼ばれる子どもたちが施設で描く絵によって心情を汲み取る「アートセラピー」を。幼少期から絵を描くことが好きで、小さい子が描く絵も好きなので、興味を持ちました。
ある子どもが、雲を青色で描かはったんですね。お空の色を塗ろうとしたときに、もう青色を使ったから空を塗れないと困っていたら、ちょっと年上のお兄ちゃんが、夕方にしたらいいって言わはったんです。それで、その子はオレンジ色でお空を塗ってはって、それってすごいことだなあと。たぶん家のなかで生活していたら、そんな発想にならないかもしれないけれど、彼らは外で遊んでいるから、夕方の空の色がすぐに出てきた。子どもたちの色彩感覚の自由さと、自然の色の豊かさと、日本の色の名前に通じるものもあって、お着物にも色がすごくいっぱいありますし、印象に残っています。
「お姫さん」と呼ばれた葵祭の斎王代
――お着物といえば、村田さんは2008年の葵祭で「斎王代(さいおうだい)」に選ばれています。京都では毎年ニュースになっていますが、村田さんのなかではどういう経験でしたか?
村田 名誉なことで、うれしかったですね。させていただけるということがまずありがたいなと思いました。親への感謝と、この期間はまわりが「お姫さん」と呼んでくれるので。
――えっ。
村田 お姫さんの役なので、準備期間からずっと。まわりの方たちが「お姫さんと写真撮ってほしいそうです」って来はるんですけど、私自身はそんな大層なもんじゃないと焦りながら、「ありがとうございますー」言うて。
――いつか(斎王代に)なるかなと、子どものときは思われていました?
村田 ぜんぜん思っていなかったです。茶道をずっと習っていて、そこから選ばれることが多いということで、次はあの人で、まだやってへんのこの人やから、とまわりが話しているのを聞いたことはありました。あとは未婚の女性と決まっているので、あの人結婚しはったから、この人かこの人かなって。やりたいですって言うてやれるもんじゃないので、言っていただけることがありがたいなと思います。
――妹さんはなられたことは。
村田 妹はなってないですし、茶道も習っていないですし。好きに生きてはる(笑)。
――長女と次女では違いがあるものですか。
村田 おうちにもよりますし、本人にもよります。妹がもしこういうのやりたい人やったらたぶん茶道も習ってますし、妹は「そういうのはちょっといいです」っていうタイプなんで。
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