――お客さまが来られたらどういう動きをされるんですか。
村田 お部屋の御膳出しの、一品目を女将が出すというのが、うちのスタイルです。食前酒をどうぞとご案内するのも、うちの母はできるだけするようにしていますね。複数のお部屋で同時にスタートするときもあるので、最初に伺えなかったお部屋には、途中で伺うようにしています。
――女将さんには絶対いてほしいという常連さんも?
村田 いてはります。私が着物着て出ていったら、いやあ君じゃないって、言われたこともあります。「今日はなんで女将さんじゃないんですか」っておっしゃられて。
――村田さんもいずれ女将になられるわけですよね。お嫌かもしれないですけど。
村田 いやあ、もうそこは抜けましたね。あははは。
「自分は跡取りだから将来の夢を書けない」
――先ほど(#2)、「自分は跡取りだから将来の夢を書けない」と悩んでいた小学生の村田さんを見てお母さまが泣いた、というお話がありましたが、娘に家業を継いでもらわないといけない葛藤のようなものがあったのかなとお察しします。
村田 「その家で育ってきたのと、外から来たのは、やっぱり違う」と、大学生のときに母から言われたことがあります。母は嫁いですぐ若女将としてスタートして、嫁姑問題もありながら、それこそ女将になったときには姑が大女将で、なんというか、しがみついてじゃないですけど、過酷な状況のなかでがんばってきたので。
父と母は「茶道の関係で知り合って結婚」
――お差し支えなければ、お母さまは恋愛結婚ですか?
村田 父とは茶道の関係で知り合って結婚したと聞いています。お見合いではないんですけど、どこぞの誰か知らんというのではなかったようです。
――お母さまの生家は飲食業ではなく?
村田 呉服屋です。同じお商売でも飲食業はやっぱり独特で。
――お父さま(3代目の村田吉弘さん)のご著書を拝読していると、そのお父さま(村田さんの祖父)は怖かったと。家業に反発してフランスに行くと伝えたときに灰皿を投げられた、ということが記されていました。
村田 そうですね、時代も違いますし、いまやったら大変です。父は、私にとっての曽祖父、つまり父にとってのおじいちゃんとは馬が合ったそうですが、自分の父(祖父)とは反発し合うことが多かったと聞いたことがあって、それこそ灰皿事件もありましたし。
