――村田さんが「菊乃井の娘さん」ということを、知晴さんはご存知なかったそうですね。

村田 ふつうに言ってると思うんです。「跡取らなあかんって言われてるから、20代で結婚って言われてたけど、20代で決まらへんくて」みたいな話をしているのに。

――「なんでなんで?」と思われながら。

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村田 そういうもんなんかいなって思ってたんじゃないでしょうか。京都の人ってそんなんかな、くらいに。

プロポーズは「50回もお見合いしても決まらないんだったら僕が」

――どれくらいでお付き合いに至ったのでしょうか。

村田 どれくらいでしょうか。31歳から32歳くらいで、もうおばあちゃんはうるさいし、親もちょっと焦ってくるし、父はどんどん条件を外していって、もう次男やったらなんでもいいみたいになってきて、お見合いノイローゼみたいになってしまって。それをまた知晴さんに聞いてもらって、その頃でしょうか。もう訳がわからなくなって、なんでもいいから結婚すればいいのかな、みたいな時期がありました。

©志水隆/文藝春秋

――知晴さんが、「50回もお見合いしても決まらないんだったら僕が」と名乗り出たと。合っていますか?

村田 なんとなくそんな感じやったと思います。

――それって、プロポーズですよね。違うのかな。

村田 結婚前提でないと付き合えないということを、知晴さんに相談をするなかで話していたので、相手もそのつもりではいてくれたみたいです。20代の前半のような軽いお付き合いはちょっと無理やからと伝えて、結婚するつもりで付き合いましょうかっていうところからのスタートだったと思います。またお見合いだめでした、という話の流れから。

――「じゃあ僕が」と言われたとき、どんなふうに思われたか、覚えていますか?

村田 (しばし考えて)一番に思ったのは、これはちょっと失礼かもしれないんですけど、もうお見合いしんでいいのかなとか、そっちになってしまった。なんていうんでしょうか、ときめきというより、このお見合い地獄から抜けられるならという気持ちが一番やったかな。でもそれ(知晴さんが)知らはったらショックかなあ。

――知晴さんにとってもうれしいことなんじゃないでしょうか。自分が大切に思っている人が、地獄から抜け出せて、安心できてよかったって、たぶんそんなふうに捉えられるのではと。私もいまお話を伺いながら、あーよかったって思ったので。

村田 ありがとうございます。

――それが自然な感情だと思います。

村田 結婚相手を探すということが、恋愛とは別物すぎて、やっぱりわからなかったっていうのが一番にあるんですけど、知晴さんはどんな人かも知ってるし、お人柄がね、話が合うっていうのも。

――ポシェットも持っていらっしゃらないし。

村田 ポシェットを持っていても、それ変だよって伝えられる間柄っていうのが。

――いいですね、違和感を伝えられる関係。

村田 きゅんとするとか、ときめきというよりは、信頼がすでにあったからこそ私も惹かれたのだと思います。うまいことまとまりました。

次の記事に続く 元・商社マンの夫が京都の老舗料亭に婿入りした“本当の理由” 妻は“料亭の長女”で「あんたは跡取りやさかいに」「菊乃井から逃げたい」と…

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