――結婚に至りそうなことはあったのでしょうか。
村田 結婚を念頭において人とお付き合いするかどうか決めるということは、お見合いが初めてだったので、「この人!」という方が出てこられたら、一番いいなと思ってたんです。そうしたら親も公認みたいなものですし、私も障害がないしって考えていたんですけど、やっぱりなかなかこの人と絶対付き合いたいという方と出会えなくて。もちろん先方にとっても同じことで、私がいいなと思っていても、向こうからお断りということもありました。なのでデートといいますか、私服でお会いするに至っても、「あれ?」という感覚を持ったままどこまで進めていいものかって。
――いちど「あれ?」と思ってしまうと。
村田 長い期間のなかで育める関係性とはまた違うので、「断るんやったら早めに断ってあげや」ということも言われるんですね。向こうも、お相手を探してはるから。3回以上になるともうほぼほぼ付き合うことになりますよって言われて、3回までに決めないといけないんです。
――3回以上お会いした方はいるんですか。
村田 なかったですね。なんででしょうね。そのときのご縁やなと思いました。
――あるいは本当に割り切って、自分を捨てて、お家のために結婚しますみたいな。随分昔ならあったかもしれないですけど。
村田 そうしないといけないかなとも思ったんですけど、年齢がどんどんいってくると、それこそおばあちゃんは「あんたはわがままや」とか言うてくるし、「何人と会ったら気がすむんや」とかも言ってくるし。(祖母に)そういうことを言われたっていう話も知晴さん(夫)に、当時はお友達やったんで、相談してました。
現在の夫は「東京にいる友だちのひとり」だった
――知晴さんとは、大学の同級生でサークルが同じだったそうですね。
村田 知晴さんは私よりひとつ年上で、向こうは大抵男友達と一緒にいて、こちらは女友達と。旧姓が梅澤さんだったので「うめさん、うめさん」ってみんなに呼ばれてました。
――卒業後、知晴さんは商社に就職されて東京へ。村田さんは「菊乃井」の若女将として修行をなさっていて、赤坂店に出張されるときに連絡をとるようになったとか。
村田 卒業後は、東京にいる友だちのひとり、でしたかね。連絡を取れる人。相談ができる男性といいますか、私のなかでは。
――相談ができる。それは重要かも。
村田 相談したときに、頓珍漢なことを言われると合わないなって思うんですけど、たしかにそういう考え方もあるなって私が思えたり、物事の捉え方の角度とか。
――お見合いは誰もが経験するものではないなかで、知晴さんからしても、なんでそんなにお見合いをという感覚があったのではないかと。驚かれたり、しましたか?
村田 「なんで?」という反応でした。「そんなに早く結婚しないといけないんですか?」みたいな。
