刑務所暮らしの影響
このように意外に真面目で質素なヤクザだが、食事にはこだわりをみせる。
「わしら、娑婆にいる時間がカタギさんより少ないんや。サラリーマンと同じもんを同じように食えまっかいな」
大阪・独立組織の某幹部組長がいうように、ヤクザたちが食欲という人間の根本的な欲望にこだわるのは、至極当然の話。一緒に食事をしてみれば、彼らの食欲に対する貪欲さを実感すること請け合いだ。料亭や高級店で、ご馳走になったことは数知れない。「日本一旨い焼き肉」や「日本一旨い寿司」を、全国でいったい何度食ったことだろう。ただし、ヤクザの言う“うまい”は“高価”なので、見掛け倒しのときもある。
もっとも、ヤクザたちの普段の食事は、意外に質素である。毎晩、脂の乗った大トロを食べているわけではないし、血の滴る霜降り和牛のステーキばかりを食っているわけでもない。接待で豪華な食事をとっているせいか、部屋住みの若い衆が親分のために作る食事はごく普通だ。もちろん、食卓に乗る梅干しが、1個1000円の宮内庁御用達のものだったり、米が産地から直送された正真正銘の魚沼産コシヒカリだったりするが、見た目には一般家庭の食卓とそう変わらない。
東京の広域団体幹部組長が言う。
「べつに豪勢なものを食ってるわけじゃない。普段の食事は普通。朝はご飯にみそ汁、焼き魚と漬け物で充分だし、昼は軽く蕎麦やうどん、夜だって普通の飯だ。刑務所暮らしで粗食には慣れてるし、うまい飯ってのは、豪華な食材を使えばいいってもんじゃないからな。
娑婆で食うどんなご馳走より、塀の中で食べるおはぎのほうがうめえよ。中では基本的に甘い物が出ない。おはぎが出たときは涙が出た。ただ、甘い物が出るのは死刑執行がある日なんだ。だから、嬉しいけど悲しくて、なんとも複雑な気分になる」
ヤクザ社会も健康ブーム
某組長が続ける。
「外で牛丼やハンバーガーを食うわけにはいかない。量だって、食いきれないほど注文する。それは自分のためじゃなく、世間の目があるから。男を売ってるんだ。けちけちするわけにはいかねえ。
ただし、最近では客に豪華な料理を振る舞っても、自分は少々箸をつけるだけという親分たちが多いよ。ヤクザ社会も健康ブームでね。なんだか自分でもおかしいと思うけど、ヤクザだって長生きしてぇんだよ」
仲間との外食では、一膳料理やうどん屋、お好み焼き屋やラーメン屋に入ることが多く、若手組長たちは暴走族世代のため、かなり役職の高い人間でもファミレスに行ったりする。
夜中、突然友達の家に行くこととなり、ミスドのドーナツを買い込む様子は、なにやらヤクザらしくなかったが、それでも「ここにあるヤツ全部くれ!」といったりするから、やはりヤクザはどこまでも見栄っ張りである。
地元の裏名所になっている六代目山口組本家のすぐ近くには、かつてどこにでもある普通のうどん屋があって、定例会になると全国から直参組長が訪れていた。ここには「上カレーうどん」という名物メニューがあった。たしかに旨いのだが、値段はごく普通で、特別豪華な食材を使っているわけではなかった。
しかし、「上」の一文字が、見栄っ張りなヤクザの心をがっちりとらえ、売れ筋ナンバーワン・メニューになっていた。