現代の皇帝は正真正銘のマルクス・レーニン主義者だ――。元米大統領副補佐官のマシュー・ポッティンジャー氏による「習近平の狂気」(「文藝春秋」2023年4月号)を一部転載します。
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マシュー・ポッティンジャー氏は、ロイター、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の中国特派員を経験後、継父の影響で海兵隊に入隊して沖縄に勤務。イラク、アフガニスタンに派遣された。トランプ政権の大統領補佐官マイケル・フリン氏に誘われホワイトハウスへ。2018年のペンス演説はじめ、対中政策の転換に深くかかわった。中国語に堪能で今年1月には台湾の国立政治大学で講演している。
毛沢東以来の強力な指導者
習近平総書記は2月に、「全人類に中国の社会的システムのソリューションを与えるべきだ」とスピーチした。彼の野望は膨らむばかりだ。その実現のためならば、リスクを取ることを辞さないし大きな投資もする。世界を騒がせた偵察気球はその事例の一つと見ていいだろう。
昨年10月に開催された中国共産党の党大会で、毛沢東以来、中国で最も強力な指導者として今後10年間にわたる地位を確立させた。党の最高幹部を忠実な部下で固めると同時に、経済政策に精通する人材を排除。党規約にスターリン・毛沢東主義的な「闘争」の概念を盛り込んだことも特筆に値する。なぜなら鄧小平以来の「改革と開放」の時代から次なる時代へと一歩踏み出すという決意の表明に他ならないからだ。
党大会は、習氏が2012年の総書記就任以来、党の公的コミュニケーションを通じて緻密に醸成してきた世界観が明文化された点でも重要だった。中国語の演説や文献などの多くは翻訳された際、北京によって故意にマイルドに翻訳されてしまうが、中国語の原文を読めば、習体制の目的や手法ははっきりと見えて来る。
そこに書かれているのは、反政府活動に対する恐怖、米国への敵意、ロシアへの共感、台湾統一、そしてとりわけ西側の資本主義に対する共産主義の最終的な勝利の確信だ。習氏の最終目標は、現代の国民国家システムを、北京を頂点とする新しい国際秩序に置き換えることである。
習氏の願望はモスクワのそれと同様、達成することは非現実的かもしれない。しかし習近平と、氏が「最高の、最も親しい友人」と呼ぶウラジーミル・プーチン大統領はともに、「手の届く範囲のものは掌握もできる」と信じている。そのことを、世界の政策決定者は肝に銘じる必要がある。
習氏が取り返しのつかない措置を取るまで待つよりも、米国とその同盟国が協調的な抑止戦略を取り、中国に対して技術、資本、データへのアクセスを厳しく制限することで、今すぐ習氏の願望を抑制し和らげてしまうことが望ましい。ウクライナでの戦争の教訓は、抑止力によって未然に戦争を防ぐ方が、侵攻してきた敵を後退させることよりも遥かに望ましいということだ。
通信機器、ソーラーパネル、次世代電池、その他の主要セクターに続き、半導体においても中国を「世界有数のプレーヤー」にしようとする習氏の野望を押し止めようとするバイデン政権の政策は、米国の戦略転換の表れである。議会、ホワイトハウス、および米国の同盟国が一丸となって速やかに動き、中国の「先進国への依存」を維持することができれば、習氏の膨らみ続ける野望にブレーキをかけられる可能性がある。
党内の演説にこそ本音は現れる
私はこの数年、中国共産党の文書を読み込むことに時間をかけてきた。これは過酷な作業であり、西側で最も優れた中国ウォッチャーの一人である故サイモン・レイズは、それを「バケツ一杯のおがくずを飲み込む」ようなものと表現した。「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」として知られる習近平のイデオロギーが記された文書も例外ではない。北京のレトリックの多くは、特にそれが外国の聴衆に向けられた場合、理解しがたく曖昧である。
習氏は、海外からどうやって見られるかという点に注意深く気を配り、自らのイメージをコントロールしようとする。したがって彼の発言で注目すべきは、ダボス会議や米ホワイトハウスのバラ園におけるものではなく、党内での演説である。彼の本音はここに現れる。党内での演説では、外国では使わない激しい言葉を用いており、これこそが党員への指針となる。ただ、これらが出版物に掲載されるまでには、数カ月あるいは数年かかることも珍しくない。勇気ある党員のリークを待たなければならないこともある。ただし、レイズが理解していたように、注意深く、忍耐強く探せば、真実の断片を拾い集めることができるのだ。