メモをとろうと胸ポケットに手を入れた瞬間…
初日から「クライアントとの会議だから準備して。あと議事録とって」と言われ、クライアント先を一緒に訪問することになった。私がはじめてアサインされた仕事は、プロジェクト自体が開始して間もなく、クライアントとの初回キックオフの会議が、私の社会人初の会議となった。
私は高揚していた。入社から1ヶ月と2週間、研修の成果をついに発揮する時が来たのだ。研修中、プログラミングについては大学院の研究やインターンで経験済みの同期の後塵を拝していたが、議事録については上位の評価を得ていた。今こそ月給に報いなければならない。
そう思い、クライアント先の会議室でメモをとろうと胸ポケットに手を入れた瞬間、自分がペンすら持っていないという衝撃の事実に気がついた(当時は会議先にPCを持参せず、資料は紙に印刷し、議事メモも紙でとることが一般的だった)。
どんどん進んでいくクライアントとマネージャー陣との名刺交換、もう次の瞬間には最初のアジェンダ(議事事項)に関する議論がはじまる。そう思った時、私は両眼をみはり、全集中“議事”の呼吸で、すべての神経を両耳へと集中させた──。と、その時、集中させていた右耳が「ドンッ」という音を捉えた。
隣に座る女性先輩社員がものすごい形相をしながらこちらを睨み、ボールペンを机に叩きつけていたのである。
「(ありがとうございますございま)ス────────」
吐息となんら変わらない音に成り果てたお礼を添えつつ、ボールペンを手に取り、私は社会人としてはじめての議事録をとりはじめたのだった。
歓迎会後に議事録作成
会議が終わった時、既に時計は定時である18時を過ぎていた。
クライアントのオフィスからプロジェクトルームへと戻る途中、先輩たちは1杯目のビールが200円になるモダン居酒屋で、簡単な歓迎会を開いてくれた。軽いつまみと各自1杯だけビールを頼み、それを飲み干し、プロジェクトルームへ戻った時には既に21時を過ぎていた。颯爽と鞄を持って退社しようとした私に、ヤマウチは「議事録、何時にできる?」と問いかけた。
振り向くと、先輩社員たちは誰一人として帰る素振りを見せず、みな黙々と業務を再開し、先ほどの会議を振り返りながら、次の一手を議論しはじめていたのだ。
「議事録は、明日の夜までに提出しようと思っていたのですが、遅いでしょうか……」
と、酒の入ったぼんやりした頭で、私は恐る恐るヤマウチに聞いた。はじめての会議の緊張が酔いを加速させていたらしい。
私が言葉を言い終えるよりも早く、「遅い!」という言葉が無慈悲にも返ってきたのだった。(#2に続く)