アサインメールは突然に
新入社員以外でアベイラブルとなる社員の多くは、直前のプロジェクトにおいて何らかの“訳あり”社員だ。当該社員は特定のプロジェクトに配属されることなく、日々本社の研修会場の一室に出社しタイムカードを押し、自己研鑽という名目でWeb研修に励むように人事から指示を受ける。
毎日ただ決まった場所、決まった時間に出社し、役立つかどうかもわからない新たなWeb研修を検索して受講する。隣には明らかに覇気を失った中年社員が研修コンテンツとは異なる動画を見て時間をつぶしていれば、奥には光を失った目で転職サイトをスクロールする別の社員がいる。彼らはもしかすると近い将来の自分の姿なのではないか……そんな不安を抱えながら毎日を過ごしていたのだ。
もはや、働けるのであればどんな仕事でもよかった。社会から、組織から必要とされたかった。はじめて振り込まれた月給は、貧乏学生だった自分にはあまりにも高額で、それに報いるためにとにかく働きたかった。
同期が、1人また1人とプロジェクトへの配属が決まっていく中、アベイラブル部屋にとり残された自分自身がたまらなく惨めに思えた。明確な処遇の差についての説明は与えられず、様々な不安が頭の中をめぐった。
アベイラブル期間2週目の最終営業日──待ちに待ったアサインメールは、あっけなく届いた。
君、英語できる?
「9時に本社ロビーで。プロジェクトの担当者が迎えにいきます。詳しくはそこで」
要件のみのシンプルなメールで、それ以上のことは文面から何も伝わってこなかった。
だが、やっと掴んだ配属のチャンスを無駄にはできない。大型ルーキーであるという第一印象を与え、仕事を手にしなければならない! 私は約束の当日、スーパーの生鮮売り場の鯖も顔負けの、グレーの光沢感のあるスーツで決め込んだ。
千葉の片田舎出身の私は、大型ルーキーの素養は見た目で表現するものと考え、伊勢丹のスーツ売り場で「新入社員であれば少しお色を控えた方が……」とたしなめられたのも無視し、戦闘モードの「鎧」で身を固めていたのだ。
やってきた男は「西崎です」と名乗り、こう続けた。
「君の上司は今別件で迎えに来られないから、代わりにきた。出会い頭にこんなことを言うのもどうかとは思うけど、君の上司は少し優秀すぎるところがあって、一緒に働くにあたっては覚悟しておいてほしい。
まず、アメリカ帰りで日本語のコミュニケーションができない。そして、パフォーマンスの低い部下に激怒して部下の腕を折ったことがある。君、英語できる?」
完全に想定外の展開だった。