ピーターパンのような母
今作のテーマは大きく2つある。1つは、スピルバーグの家族についてだ。彼は今作を「僕の家族を描いたホームムービーの延長と言えるだろう」と語る。
「『リンカーン』(2012)の撮影中に僕の少年時代を描くというアイデアが湧いてきて以来、ずっと僕の頭の中で燻っていた。2020年の3月にコロナが襲来して、長い長い隔離生活に突入し、これまでの自分の生活の整理をする気になった。コロナで僕が精神的にまいってしまう前に、母、父、妹たちとのもやもやを解決し、荷解きをする時期が来たと考えた。母はピーターパンのように、ミュージカルの舞台女優になる夢を追い続け、歌って踊ってピアノを弾くのが大好きな人。『生きている間は巨大な竜巻をずっと追いかけても良いのよ』と力付けてくれたんだ。もちろん比喩だがね。コンピュータ技師の父は母と正反対に常に合理的で、忍耐力に溢れ、深い深い思いやりの心を教えてくれた」
サミーは映画製作の傍ら、家族の記録係として普段の生活や家族旅行もカメラに収めるようになる。そして――、16歳のとき、撮影した家族のキャンプ旅行の記録を編集中、映像に映っていた“母の秘密”を目にしてしまう。やがて仲の良かった家族の暮らしが暗転していく。
物語の大きな分岐点となるこのシーンも、スピルバーグの実体験が基になっているという。
「僕は物凄い打撃を受け、しばらくカメラを持てなかった。自分のコントロールの及ばないところで巨大な悲劇が起こっている事実に打ちのめされてしまったんだ。しかし、若かった僕は映画を作るのが自分の生きる道だと確信して、そこから僕は一直線で監督業に邁進して来た」
それでも、スピルバーグは家族の離別を招いた母を許した。
「僕は母を『親』としてではなく、『1人の人間』として尊敬するようになった。両親と活発にコミュニケーションを取りながら育った人なら、人生のある時点で同じ経験をするはずだ。自分が子供を持つようになると、『今まで分からなかったけど、うちの両親も人間だったんだ』と気づく瞬間が訪れる。そうした気づきを得られるのは、子供が40歳で、両親が65歳の時かもしれない。僕の場合は16歳だった」
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「スピルバーグが語るスピルバーグ」全文は「文藝春秋」2023年4月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されている。
スピルバーグが語るスピルバーグ