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卒園式で息子がチューリップを渡したのは夫だった…「ちゃんとしたママ」を目指した女性が抱える“わだかまり”

著者は語る 『ママはきみを殺したかもしれない』(樋口美沙緒 著)

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『ママはきみを殺したかもしれない』(樋口美沙緒 著)幻冬舎

「“子育てをやり直したい!”というのは、子育ての経験がある人の多くが、一度は抱く願望なんじゃないかなと思うんです」

 BL(ボーイズラブ)作家として数々のヒットシリーズを持つ樋口美沙緒さん。『ママはきみを殺したかもしれない』は、樋口さんにとって初めての一般文芸小説だ。

 主人公の伊藤美汐(みしお)は、40歳のドラマ脚本家。5歳上の優しい夫と小学1年生の息子の悠(ゆう)と幸せに暮らしている。手掛けたドラマはヒット、目標としていた賞も受賞した。しかし、美汐の気は晴れない。数カ月前の卒園式で、悠は母親の自分にではなく、夫にチューリップを手渡した。それを母親失格の烙印と感じた美汐は、自分は「いいママじゃない」と思い詰めるようになっていたのだ。

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「美汐は、私自身を色濃く投影したキャラクターです。母親としての経験や感情を、忘れてしまう前に残しておきたくて、なるべく当時の実感のままに書きました」

 そんな中、小学校の担任から、悠を支援クラスへ通わせるよう勧められる。自分の子育ては間違っていたのかもしれない。自責の念に駆られた美汐は、思わず、悠に対して衝動的な行動をとってしまう――。

 そのショックで気絶した美汐が目覚めると、目の前には、まだ1歳3カ月の赤ちゃんの悠がいた。

〈――時間が巻き戻ったんだ!〉

 34歳に戻った美汐は今度こそ、「ちゃんとしたママ」になるべく、1度目の人生とは異なる選択肢を次々とっていく。保育園には預けない。脚本の仕事は引き受けず、夫にも頼りすぎない。食育にも力を入れ、ママ友たちともうまく付き合う。すべてにおいて悠を優先して人生をやり直した美汐は、やがて、自分の心の奥に、別のわだかまりがあることに気づく。