著者自身の経験も踏まえて書いた“別のわだかまり”とは?
「美汐が、自分は子どもをうまく愛せていないのではないかと不安を抱く最大の理由は、実は、数年前に亡くなった母親にあるんです。理想の母親像がどこからきているかといえば、かつて自分が欲していた母の姿だったりするわけで。これも、私自身の経験を踏まえて書きました。今回、私が本当に描きたかったのは、こちらのほうだったのかもしれません」
樋口さんが小説の中にこれほど自分自身を投影したのは初めてのことだという。
「BLはある種のファンタジーで、リアリティーは二の次。私自身、書きたいものがそこにあったし、読者の皆さんに楽しんでもらうために書いているので、それでよかったんです」
BLでは、そもそも女性は主人公にはなりえない。また、作家自身の姿が見え隠れするような書きぶりは読者から敬遠されもする。
「でも、最近、恋愛以外の関係や感情についても書いてみたいと思うようになって。そうなると、BLというジャンルの中では十分に書きたいことを書くことができません。それに、もしこのあとも、私が一般文芸の小説を書くなら、まずは自分の中で一番わだかまっているものを出しておきたい。そう思って生まれたのが本作なんです」
書きたいテーマはたくさんある。
「特に、女性を主人公にしたお話はこれまで書いてこなかったので、いろいろ構想中です。もちろん、BLも書き続けますよ。BLでしか書けないものも、書きたいものもありますから」
樋口さんが常に関心を持っているのは、“人の心”。
「ジャンルはどうあれ、人の心の動き、感じ方を、丁寧に小説の中で描いていきたいと思っています」
ひぐちみさお/沖縄県出身、東京都在住。2009年『愚か者の最後の恋人』でデビュー、BL作家として活躍。著書に『愛の巣へ落ちろ!』をはじめとしたムシシリーズ、「狗神の花嫁」シリーズ、「パブリックスクール」シリーズ、「ヴァンパイア」シリーズなどがある。