「どういう未来がやってくるかということについて話すとき、人はAIや火星への移住やネットワーク接続や新しい社会的行動などについて口にします。しかし、そういうときに、我々と自然との相互作用についてはほとんど話しません」
生態学者のロブ・ダン氏の近著『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』。原書のタイトル“A Natural History of the Future”(未来の自然誌)が示すように、人類が自然を支配しようとすればどうなるか、人類滅亡後の未来まで予測する。
人間は、自分たちだけが生き物の主役のように思いがちだ。だが、遺伝子の塩基配列に基づく全生物の進化系統樹を見ると、〈人類は細胞未満の何かである〉。
「我々は、生物界は人間のように眼や脳を持つ種ばかりのように考えがちです。私はそれを『人間中心視点の法則』と呼びます。しかし、ほとんどの生き物はそうではありません。我々の世界がデジタル化しているので、生物界がますます見えなくなっていますが、ヒト以外の何十億もの生物がヒトと相互に作用しながら生きていることを忘れてはなりません」
ヒトも、生物界の法則から逃れることはできない。本書では、生物種ごとにニッチ(ぴったりと納まる、自然界の小空間)があるという法則や、害虫を回避できた種がいかにして繁栄に至るのかを説明する「回避(エスケープ)の法則」など様々な法則が紹介されている。
中でも読者に注目してほしい法則が二つあるという。
ひとつは、「回廊(コリドー)の法則」。回廊とは、生物種がある場所から別の場所に移動するときに利用する自然生息地の橋のようなもので、生息地を保護することで形成される。生態系保全のために回廊を利用しようと提案された初期は物議を醸し、実験が成果を上げて認められるまで時間がかかった。人間はこの回廊を破壊している一方で、新たに作り出す働きもしている。
「マンハッタン上空から碁盤の目のように走る街路を見下ろすと、もし自分がネズミであるなら、これほどすばらしい回廊はないと思いました。人間は、うかつにも自分が嫌いな種に有利になるような世界を作り上げているのです」
そして、もうひとつが「自然選択の法則」。これは、チャールズ・ダーウィンが唱えた、自然環境の変化に適応した一部の個体だけが選り分けられていく仕組みのことだが、我々の見方は間違っているという。
「50万年前の現生人類の誕生以来、人類の進化はほんのわずかなものなので、自然選択はかなりゆっくり起きるものであると考えてしまいます」
しかし、大腸菌のように繁殖が速い種では朝から夕方までの間にも頻繁に自然選択が起きている。
「自然選択のもう一つの原則は、ある個体群にかかる圧力が強いほど、進化が迅速に起きることです。それはSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)でも見られました。ヒトのように新しい宿主が大規模集団の場合、一旦病原体が新しい宿主に移ると、それに適応するように強力な自然選択が頻繁に起こります」
またワクチン接種をした人に対してウイルスがどう反応するかをみると、自然選択がいかに迅速に起こるかがよくわかるという。
「人間はより快適な生活を目指して、ワクチンを開発したり、殺虫剤や除草剤を撒いたりしますが、裏目に出ることが往々にしてあります。それは人間中心の偏狭な視点からしか自然を見ていないからです」
Rob Dunn/ノースカロライナ州立大学応用生態学部教授、コペンハーゲン大学進化ホロゲノミクス・センター教授。著書に『家は生態系』『世界からバナナがなくなるまえに』『アリの背中に乗った甲虫を探して』などがある。ノースカロライナ州ローリー在住。