埼玉県行田市にある「こはぜ屋」は100年の歴史をもつ老舗足袋メーカー。社長の宮沢はジリ貧の現状を打開するため、新規事業に挑むことを決意する。それは地下足袋作りのノウハウを生かしたランニングシューズ「陸王」の開発だった。

「出版社の人に薦められて『BORN TO RUN』(NHK出版)という本を読んだんです。“走る民族”と呼ばれる中米のタラウマラ族がウルトラマラソンに出るまでを描いた本なんだけど、彼らはワラーチというゴム切れのサンダルを裸足で履き、すごい速さで走るんです。

『BORN TO RUN』には“素足の感覚”を保つ5本指スニーカーなんてのも出てくるんですが、それなら日本には地下足袋があるよねと。足袋屋さんがランニングシューズを作る物語もありだよねって、雑談で盛りあがったのが執筆のきっかけですね。

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 連載にあたって、実際に行田にある『きねや足袋』さんを取材しました。まさに足袋一筋で3代続いている老舗メーカーなんですけど、きねやさんも、何と『無敵』という名の“ランニング足袋”を売り出そうとしていた。この偶然にも背中を押されました」

「陸王」の開発に着手したこはぜ屋には様々な障壁が立ちはだかる。新しい素材探しという技術面の困難、人材の確保・資金繰りといった経営面の課題、そして大手メーカーの妨害……。

「これでもか」という逆境からの逆転劇はまさに池井戸作品の真骨頂だが、半沢直樹シリーズに比べると胃が痛むほどの緊張感はない。

「切迫したサスペンスではなく、どちらかというと会社歳時記ふうの、ゆったり進んでいく物語になればと思っていました。新商品の開発って、時間をかけて大勢の人がゆっくり頑張っていくものなので、半沢シリーズに比べると時間軸がはるかに長い。物語の中に四季を感じられる小説にしたかったんです」

 池井戸さんの言葉通り、本作には大勢の人間が登場する。こはぜ屋を担当する銀行員・坂本と大橋の2人は実にユニークな存在だし、足を故障し再起を期す陸上選手・茂木からも目が離せない。何より就活に失敗し、家業の足袋作りを手伝うはめになった宮沢の息子・大地の成長は物語の大きな読みどころ。「陸王」開発のため招聘された技術顧問・飯山の新規プロジェクトに懸ける執念に触れ、大地もまた“ブレイクスルー”を起こすのだ。

「巻き込まれて、嫌々参加してるのに、ふと気づくと『あれ、俺、のめりこんでるじゃん』みたいな、大地のゆるいキャラクターが好きなんです。世の中には元気じゃない人も、うじうじ悩んでいる人もいる。雑多でばらばらなベクトルの人たちが集まっているのが現実の社会なので、全員が一点集中で走っていく群像劇ではなく、いろんな人が勝手にやってる感じの群像劇にできたらいいなと」

 池井戸作品は、社会人の生きる指針のように受けとめられることも多いが、

「僕自身は『仕事とは何ぞや』なんて全く考えたことがないんです。ところがそういう読まれ方をするってことは、それだけ読み手の側に現在の職場なり仕事なりに悩んでいる人が多いということでしょう。

 僕がいちばん大事に思うのは、何をやってようと元気で楽しく働いていけたらそれでいいってこと。『陸王』ではいろんな物語、いろんな人を描いているので、それぞれに感情移入して読んでもらえたら嬉しいです」

「こはぜ屋」は100年の歴史をもつ老舗足袋業者だが、業績はジリ貧、運転資金を借りるのにも苦労する毎日だった。ある日、社長の宮沢は足袋作りのノウハウを生かしたランニングシューズ開発を思いつく。早速、社内にプロジェクトチームを設置するが、彼らの前には様々な障壁が……。こはぜ屋に未来はあるか?

陸王

池井戸 潤 (著)

集英社
2016年7月8日 発売

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いけいどじゅん/1963年岐阜県生まれ。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞を受賞。半沢直樹シリーズには『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』がある。