「18歳の春、母が義父を殺して自死した。ひとり残された僕は16年後、事件の謎を解く旅に出た」
著者の前田勝氏が18歳の時に、母親が無理心中事件を起こした。2018年、前田氏はドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)に出演し、「なぜ母は無理心中事件を起こしたのか?」という謎を解くため、母の生涯を辿る旅に出た。番組は大きな反響を呼び、同番組の放送時点での年間最高視聴率を更新した。
ここでは、その密着取材の過程で明らかになった内容を詳細に記した前田氏の著書『遠い家族~母はなぜ無理始心中を図ったのか~』(新潮社)より一部を抜粋。母親が事件を起こした当日の出来事を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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知らない女性から電話「大変なことが起きているから早く家に行って!」
高校の卒業式から約20日後、大学入学まであと1週間となったときに、バスケ部で最後の合宿をすることになった。下級生たちは通常の合宿として、卒業する僕たち3年生は、最後の思い出作りとして。
合宿先までは母に車で送ってもらった。家から車で約40分。これが母と過ごした最後の時間になった。
母は車の中で、「今までのように、外食ばかりしていたらお金が掛かるよ。炊飯器でご飯を炊いて、外でお惣菜を買ってきて食べたら、節約になるからね。洗濯も大変だけど、自分でやるしかないからね」「これからはお母さんからも、お義父さんからもお金をもらえるわけじやないからね」などと言っていた。
まるで自分はもういなくなるかのように。そんな風に言われて、僕はどう返したらいいんだ。合宿先に着いたときの母の最後の表情。僕をじっと見つめたあとに、涙が溢れそうになって、それを隠そうとした母。その顔が今でも忘れられない。本当に情けないが、このときに、母から5万円ほど渡された僕は、大金をもらったという嬉しさしかなかった。
母からのSOSの信号を、僕は結局最後の最後まで見て見ぬふりをするか、気づかないまま終わってしまったのだ。母はそんな僕をどう思っていたのだろうか。帰り道、車の中で1人でなにを考えていたのだろうか。