北朝鮮のサイバー能力を軽視してはいけない理由とは? ハーバード大学の研究では、「日本以上の実力」と評されたサイバー能力の高さを、池上彰さんの新刊『世界史を変えたスパイたち』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
◆◆◆
2017年の金正男暗殺事件
近年も、北朝鮮では驚きの事件が起きています。2017年にマレーシアのクアラルンプール空港で起きた、金正男暗殺事件です。金正男は先代の北朝鮮の指導者だった金正日の長男で、現在の指導者である金正恩の母違いの兄にあたります。
北朝鮮の指導者の長男でありながら、金正男はかなり自由に世界を飛び回っていたようです。2001年には偽造パスポートで日本に入国しようとして逮捕され、「東京ディズニーランドに行こうとしていた」と供述して、大きなニュースになりました。
この時はイギリスの対外諜報機関MI6が、日本のカウンターパートである公安調査庁に「金正男が偽造パスポートで日本に向かった」との情報を伝えます。公安調査庁は法務省の外局であり、知らせを受けた法務省入国管理局(現・出入国在留管理庁)の職員が金を待ち受け、逮捕していました。
ちなみに、この時警視庁は、独自の情報源から金正男が入国することを事前にキャッチし、入国を待っていました。入国した後、尾行することで、どのような人物が金正男を案内するのか、どこに行くのかを把握しようとしていたのです。それが、入国しようとして逮捕されてしまったものですから、「捜査が台無しになった」と激怒したと伝えられています。
金正男は、閉ざされた北朝鮮のイメージとは違い、開明的で、北朝鮮の改革開放にも前向きだったようです。
しかし指導者の地位を父親から継承した金正恩にとって、金正男は邪魔な存在でした。時には「金正恩の世襲に反対する」とまで述べたこともある金正男です。もちろん北朝鮮は金正男暗殺への関与を認めていませんが、誰がやったのかは火を見るよりも明らかです。
2017年2月13日、金正男はマレーシアからマカオに向かう飛行機に搭乗する予定でした。マレーシアでCIAと接触し、現金を渡されていたために多額のドルを保有していた、という情報あります。空港で列に並んでいたところ、後ろから突然、2人の女性に何らかの液体をかけられてしまいます。金正男は「何かされた!」と身の危険を感じ、また次第に不調を感じるようになったため、空港の係員に何やら掛け合いますが、そうこうしているうちに倒れてしまい、空港でそのまま命を落とすことになりました。