『鬼平犯科帳』『ゴルゴ13』『無用ノ介』『サバイバル』……数々の名作を生み出した劇画界の巨匠、さいとう・たかを。早くから作品制作を分業制とし、各スタッフが脚本、構成、構図、作画など得意分野を受け持つというプロダクション・システムを導入した。2021年9月の死去後も、さいとう・プロダクションはその遺志を受け継ぎ、「鬼平」「ゴルゴ」という二大看板の新作を世に送り出している。その舞台裏をのぞいてみよう。
今回ご紹介するのは、作画チーフのふじわら・よしひでさん。鬼平とゴルゴのキャラクター作画を担当している。
【マンガ】「鬼平犯科帳」第1話から読む
顔はトレースで描く
――まず、鬼平とゴルゴという国民的キャラクターの顔をどのように描いているか、教えてください。
ふじわら 基本はトレースです。鬼平とゴルゴの顔をコピーした資料が、正面や横顔など大量にあるんです。シーンに合った“顔”をその中から選び、トレースしながらペン入れをしています。さいとう先生の筆致を守りながら、そこに動きを加え、演出を入れる。具体的には、目線の向きを変え、口角を調整しています。
――筆致を真似て、描いているのかと思っていました……。
ふじわら 似せ描きだと、タッチが違ってしまうんです。トレースも苦肉の策で、最初は何人かでゴルゴの顔を描いてみたんです。ところが、顔一つ描くのに1時間以上かかってしまい、「これじゃダメだ」となって……。
生前、先生が白内障で入院して描けなくなったことがあって、その時はコピーを貼ったらしいんです。ただ、コピーだとどうしても違和感が出てしまう。縮尺が違うし、お面をつけたみたいになって……試行錯誤のうえ、トレースすることに落ち着いたわけです。
――トレースは最初からうまくいったんですか?
ふじわら 読者からのクレームはなかったですから、ギリギリOKだったんじゃないでしょうか(笑)。鬼平は最初から不思議とすんなりいきましたね。完成原稿を見て、「うまくおさまってる!」と自分自身、びっくりした記憶があります。鬼平に関しては、担当編集者から注文がついたことは一度もないですね。ゴルゴは一回、編集部からNGがありました。「目の玉が大きいよ」って。ゴルゴは目玉が小さいんですよ。
――鬼平の顔はどの辺が難しいんですか?
ふじわら 鬼平は人情味があって、表情が豊かなんです。それを表現するために、口の端をどう描くか、結構、難儀します。「てへっ」って笑うシーンがあって、どうしようかと頭を抱えたことがあります。たまたま似たような顔が見つかって、どうにかしのぎましたが……。
――さいとう劇画の独特のタッチを上手に再現されていて、驚きです。
ふじわら 先生の筆致は書道における筆のように、迷いがないんです。あのタッチを再現するのは難しい。生前、先生が描いているところを後ろから見たことがあるんですが、スー、スー、スーと速いんです。鉛筆でマルを書いて、その中に十字を入れて、あとは眉毛、目、輪郭とペン入れして、「あれ、もう出来てる!」。あの技はさいとう・たかをじゃないと出来ません。
――ふじわらさんを作画チーフに、というのはさいとう先生の遺志だったんですか?
ふじわら 入院先で先生から直接、申し渡されました。その前から、『ゴルゴ13』のスピンオフシリーズである『銃器職人・デイブ』のデイブは私が描いていたんです。そのタッチをそのままゴルゴに持ってきた感じです。
デイブも先生からの指名で担当していたんですが、結構、気に入っていただいていたようです。「ワシが描いたのもあったけど、どれやったかなぁ?」と先生自身、分からなかったようでしたから(笑)。