『鬼平犯科帳』の舞台裏を紹介するシリーズ第7弾は、編集を担当する松井幹雄さんが登場する。
松井さんは2019年に「コミック乱」編集長に就任以来、6年間にわたり同誌の看板連載である『鬼平犯科帳』の担当をされている。国民的劇画のクオリティをいかに維持されているのか、その秘訣についてお聞きした。
確固とした分業システム
──編集の実際の流れについて、お聞かせください。
松井 『鬼平犯科帳』の場合、作画に関しては、さいとう・たかを先生が生前つくりあげた確固とした分業システムがあります。ですので、編集が注力するのは、その前段階にあたるシナリオ作りになります。現在、6人の脚本家の方々に交代で執筆をお願いしています。打ち合わせの段階で、脚本家に腹案があれば、それに沿って進めてもらいますし、「こんなのはどうですか」と編集部から提案する場合もあります。
──時代劇の場合、アイディアを出すこと自体、大変なのではありませんか?
松井 基本パターンとして、盗賊が必ず出てきて、何か盗みをするわけですから、どうしても筋が似てくる。同じに見えない「工夫」を常に考えています。「こういうのはやっていないな」と思いついたら、提案する。あとは、同心や密偵などレギュラー陣のなかで最近出番がないキャラがいれば、「そろそろ出してはどうですか」と相談することもあります。
──新しい盗賊のキャラを考えることはありますか?
松井 池波正太郎先生の原作でも多種多様な盗賊が登場し、すでに出尽くしてる感があるので、新キャラは難しいですね。キャラよりも、むしろシチュエーションに力点を置きます。たとえば、盗みをしている場面を他人に見られるとか……そこを物語の起点に考えます。
──打ち合わせの後はどうなりますか?
松井 プロットを提出していただき、内容の是非を検討します。良ければ進めていただくし、話として無理がありそうな場合は、修正してもらう。よくあるのが、ストーリーにキャラが不自然に寄り添っているケース。「なぜ、この人はこんなことをするの」みたいな疑問が湧く場合、それが物語の骨格にも関わるのであれば修正していただくし、場合によってはボツにすることもあります。プロットがOKとなれば、だいたい2週間くらいでシナリオが上がってきます。
──シナリオにおけるチェックポイントは?
松井 プロットは粗筋ですが、完成したシナリオには色々な要素が合わさってくる。すると、どうしても矛盾点やいびつな点が出てきます。その修正が大事ですね。あとは、セリフ回しがキャラと合っているかどうかを点検します。細かい部分は編集部で直しますが、大きな修正があるときは、脚本家にお願いします。
──1話のなかに「入りきらない」という場合はどうされますか?
松井 シーンを短縮することはよくあります。あと、要素が多すぎる場合がありますね。たとえば、ある盗賊のキャラが老齢で女好き、さらに……と要素がありすぎると、42ページでは収まりきらない。物語の骨格に関係がない要素はカットします。
──なるほど。シナリオが上がったら、次はネームですね。ネームはひきの・しんじ先生が構成されているとお聞きしました。
松井 ひきの先生は読みやすい構成をされるので、安心しておまかせしています。よほどのことがなければ、直しはありません。
──完成原稿のチェックはどうされていますか?
松井 少なくとも、私が担当して以降、原稿に大幅な修正が必要だったことはありません。服装の柄が違っているとか、着物のトーンがとれているとか、そんなレベルです。
──『鬼平犯科帳』の世界観を維持していくのは大変なのではないですか?
松井 一口に『鬼平犯科帳』といっても、現在の作品は原作とも違う、さいとう先生の『鬼平犯科帳』です。また、30年以上という長期連載のなかで変化してきた部分もあります。初期と現在では長谷川平蔵の顔も違って、年齢を重ねることで熟練のイメージが出てきた。過去の話を使って廉価本をつくる場合、「当時の絵を表紙に使ってくれ」とさいとう先生がよくおっしゃっていました。あまりに制作時期が離れた話を一緒にすると、絵柄が違うんで違和感があるんです。