「頭の中で1本の映画をつくる」
──松井さんが「鬼平」の担当になられたのは?
松井 2019年からです。それ以前には「コミック乱ツインズ」編集部でさいとう・たかを先生の『仕掛人 藤枝梅安』を2度担当してもいます。ただ、最初に担当した当時は、さいとう先生の右腕である武本サブロー先生が「梅安」のチーフをされていたので、武本先生に相談すればすべて丸く収まっていました。ですので、その頃はさいとう先生とお話をしたことはほとんどなかったです。たぶん、私のことも認識されてなかったと思います(笑)。
──『鬼平犯科帳』の担当になって、とまどったことはありますか?
松井 それまで、『鬼平犯科帳』に携わったことがなく、しっかりと読んだこともなかったので、そこは悩みました。ただ、いまの『鬼平犯科帳』の流れに沿うのであれば、全部を読み返す必要はないのではないかと考えました。ただし、以前にやったエピソードと被らないようにすることは肝に銘じています。
──さいとう先生のエピソードを教えてください。
松井 原稿をいただくときによく話をしましたが、9割は雑談でしたね。最近、こんなのが流行っているとか、映画やテレビ、時事ネタなど1~2時間。締切前なのにご迷惑もおかけしたと思いますが、とても貴重な時間でした。銀座のバーにも何度かお供させていただきました。急な呼び出しに普段着で駆けつけたら「ジャケットくらい持ってないのか」と苦笑いされたりもしました。
──漫画についての心得はいかがですか?
松井 たくさんあります。たとえば、ネームの作り方についてですが、先生の場合、頭の中で映画を1本つくり、それを巻き戻したり、あるいは早送りして、一時停止した箇所をコマにしていく。それで1本の作品をつくるんだ、とおっしゃっていました。
また、「漫画はキャラが分かりやすくなくてはいけない」と口をすっぱくして言われました。〇、▽、□という形が、顔の形の基本である、と。劇画というと写実的なリアルタッチの絵柄が思い浮かぶと思いますが、さいとう・たかを先生は代表的な劇画家でありながら、そのキャラはリアルなタッチの絵柄ではない。むしろ漫画本来の絵で、それがなんの矛盾もなく劇画として成立しているのがすごいと思います。
──あらためて、さいとう劇画の魅力とは?
松井 劇画というのは「ドラマを読ませる漫画」です。それまで子供のものだった漫画を、誰が見ても分かりやすいキャラを使いながら、大人の鑑賞に堪える読み物にしたことはすごいことだと思います。ドラマを読ませることに漫画が全力を注いでいる、と言ってもいい。そんな設計図をさいとう先生が書かれ、後進が継承できるように残された。ご本人が亡くなった後も新作が次々とつくられているシリーズは、唯一無二なのではないでしょうか。
──『鬼平犯科帳』の今後は?
松井 『鬼平犯科帳』の世界のなかでキャラたちが生きている以上、ずっと続いていくと思います。
まつい・みきお
1972年、群馬県出身。1996年、リイド社に入社。「リイドコミック」に配属される。「コミック乱ツインズ」編集長を経て、2019年より「コミック乱」編集長を務める。現在、リイドカフェ編集長、出版企画部部長も兼任。






