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小島秀夫が観た『シェイプ・オブ・ウォーター』

映画に愛された“シェイプ・オブ・クリエイター”の物語

2018/02/25

genre : エンタメ, 映画

いわゆる“リア充”でもないヒロイン

 デル・トロ作品の系譜で言えば、『デビルズ・バックボーン』『パンズ・ラビリンス』に連なるテーマを扱った最新作と言えるだろう。いや、テーマだけではない。これらは他のデル・トロ作品と違い、彼自身が製作(プロデュース)、企画、原作、脚本、監督とあらゆる細部まで血と肉を通わせた、まさに「a Guillermo del Toro Film」と呼ぶべき系譜にある作品なのだ。

 作品の舞台となるのは、1960年代初頭、東西冷戦時代のアメリカ。ヒロインのイライザは、政府の研究所に勤務している。

 セットした目ざまし時計で起きて、食事の用意をし、入浴し、靴を磨いて出勤すると、タイムカードを押すための列に仲間が割り込ませてくれる。映画の冒頭で、こんな彼女の毎日が繰り返し描かれる。彼女は、そんな日常の現実から、どこか浮遊して、何かを夢見ている感じがする。

 隣人の画家や、階下の映画館(彼女のアパートの1 階が映画館だ)の支配人、同僚のゼルダとの交流、テレビで見る古い映画や、劇場にかかる映画、帰宅のバスで眺める窓外の風景。彼女はそれらを楽しんでいるが、満足もしていない。いわゆる“リア充”でもない。不幸ではないが、いつも日常の向こう側にある何かを探し、夢見ている乙女であることがわかる。イライザは『パンズ・ラビリンス』の少女と、同じ種類のヒロインなのだ。そうしたことが数分で理解でき、我々は早くもイライザに感情移入してしまう。我々もまた、日常に満足できず、映画に夢を求めるイライザだからだ。
とてもクレバーなオープニングだ。

(C)2017 Twentieth Century Fox

“夜の住人”とは何か?

 イライザは、口がきけない。白人(WASP)が主役の研究所で、夜勤の清掃員として働いている。同僚のゼルダは黒人女性で、隣人の画家は会社をリストラされた職業的イラストレーターである。そう、イライザと彼女の友人たちは、当時のアメリカ社会における弱者であり、マイノリティーだ。

 身体的な欠損、人種や性別、職種や貧富の差などの社会的地位などにおいて、劣ったものとみなされる“夜の住人”なのだ。

 デル・トロの映画で描かれる、現実に満足していないマイノリティたちは、“夢”を必要としている。イライザが観ている古い映画や、『パンズ・ラビリンス』の少女オフェリアが抗いようもなく惹かれている妖精の世界や、おとぎ話の“夢”が必要なのだ。それは、デル・トロ自身が子供の頃から必要としていたに違いない“夢”と同じなのだろう。メキシコで生まれ育ち、当時は“オタク”というマイノリティーだった彼は、幼い頃から映画や怪獣やモンスターといった異形のものに惹かれていた。そして、その異形の存在に救われてきた。映画人として国外に活躍の場を移しても、メキシコ人であることで差別を受けてきた。彼自身が、イライザであり、オフェリアなのだ。

(C)2017 Twentieth Century Fox

 だからデル・トロは、彼女たちを悲惨で哀れな人としては描かない。

 むしろ、研究所の主役であり、冷戦の世界で仮想敵ソ連から国家を守るという名誉ある役目をになった白人たちは、上長(国家)の無理難題に応えるために過度のストレスを溜め込んだ、哀れな“昼の住人”に見えてくる(ちなみに、イライザは浴槽で自らを慰めることも日課だが、研究所を仕切る大佐は、妻を相手にまさにストレスの発散のようなセックスをする)。

 ある日、研究所に、南米で捕獲された半魚人が搬送されてくる。アメリカ合衆国から見たら辺境の地から、人間ではない生き物が連れてこられる。つまり、この半魚人も、イライザたちと同じマイノリティー、つまり“夜の住人”だ。

 白人社会というマジョリティーから見れば、イライザも半魚人も「異人」なのである。