2015年にAKB48を卒業し、現在は新大久保にある焼肉店「焼肉IWA」のオーナーとして活躍している内田眞由美さん(29)。AKB48時代には、2010年9月に行われた「AKB48 19thシングル選抜じゃんけん大会」で優勝を果たし、同年12月に発売したシングル曲『チャンスの順番』でセンターを務めた。

 そんな内田さんに、アイドル人生の転機となった「じゃんけん大会」の裏側と、当時抱いていた葛藤、そして焼肉店をオープンするまでの経緯を聞いた。(全3回の2回目/3回目に続く)

内田眞由美さん ©橋本篤/文藝春秋

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「じゃんけん大会」の開催に胸が躍った理由

――内田さんは、2010年9月にじゃんけんの勝敗でシングル選抜メンバーを決める「じゃんけん大会」で優勝し、センターになったことで一躍話題となりました。

内田眞由美さん(以下、内田) 「じゃんけん大会」の開催は、2010年7月に行われたコンサートの最後に発表されたのですが、会場がどよめいたのを覚えています。

 ほかのメンバーはステージ上で「え~!」と驚いていたんですけど、私は「じゃんけんに勝てば選抜メンバーに入れるんだ。やったー!」と思って、ひとりでピョンピョン飛び跳ねていましたね(笑)。周りから「ひとりだけ喜んでいる」と言われるくらいでした。

――どうしてそこまで嬉しかったのでしょうか。

内田 当時、同期が続々と選抜入りしていく中、私はやっと研究生から正式メンバーになれたばかりで。自分だけなかなか先に進めない時期が続いていました。

 頑張りたい、諦めたくないって気持ちは強いけど、結果が出ない。「私はアイドルに向いていないんじゃないか」って落ち込むことも多かったんです。

 だから、じゃんけん大会の開催が発表されたときは、「私に与えられた最後のチャンスなんじゃないか」と胸が躍って、「絶対に勝ちたい」と思いました。

――その意気込みだと、本番当日はかなり緊張したのでは?