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女性が持っているポーチに憧れる

 スキンケアをしてみようか。そう考えると少し照れくさかったが、楽しみな気持ちも同じくらいあった。私は以前から、女性用の化粧品や身の回り品に対して、淡い憧れのようなものを抱いていたと思う。デパートの一階にあるきらびやかな化粧品売り場はステキだなと思っていたし、女性がかばんのなかに入れて持ち歩く小さなポーチが好きだった。

 ポーチのなかに入っている色とりどりのメイク道具を見せてもらったとき、自分からは遠い世界のように思えてまぶしかった。あんなポーチがいつも手元にある人生は、どんな感じなんだろうか。ハンドクリームをこまめに取り出してさっと手に塗る習慣もいいし、雨の日に履くかわいいデザインの長靴も真似したいと思っていた。

 映画を見ていて目を惹かれるのも、女性の衣装が多かった。『007』や『ミッション・インポッシブル』の主人公が着るスーツや革靴は渋くて好きだったが、スクリーンに映えるのは、断然きらびやかな女性の衣装だ。どうしてこんな色を着れるのだろうか、と不思議になるようなカラフルな服装を、ごく自然に着こなしているのも目に楽しい。

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 私はそのような美しさと無縁の人生をすごしていた。

 ポーチの代わりに私のかばんに入っているのは、いま読んでいる本と、読み終わったとき用の次の本、急に気が変わって違うジャンルが読みたくなったときの予備本の3冊だった。なんで3冊も持ち歩いてるんだと思われるだろうが、手元に本が3冊ないと外へ出たくないという種類の病気なのだ。私はコスメポーチの代わりに大量の本を運搬している人間であった。かばんが重い。小ぶりなポーチやカラフルな服は自分とはあまりにも縁のない世界に思えて、買うという選択肢が思いつかなかった。

ドラッグストアでスキンケア用品を探すが…

 さて、容姿に変化をもたらすにはどうすればいいものか。ひげ剃り後の化粧水、という現在のケアをより発展させる必要があるはずだ。ドラッグストアへ行けばきっと何かが見つかる。普段、ドラッグストアで買っているものは多い。目薬、頭痛薬、歯磨き粉や歯ブラシ、ゴミ袋、洗剤、消臭剤、トイレットペーパーやティッシュペーパー。生活必需品を調達するため、週に一度くらいは寄っている気がする。しかし、コスメ・スキンケア用品が並ぶエリアにだけは足を踏み入れたことがなかった。これまでの自分には無関係な場所だった。

 店によっては2階で販売されている、肌のお手入れに関する製品をじっくり眺める機会などもちろんない。頻繁に訪れている店でも、見たことのない棚、何が置いてあるのか知らないコーナーがあるものだとあらためて思う。身近だと思っていた場所にも、実はよく知らない領域、注意を向けていない部分がある。店に入り、きっとあのあたりだと移動してみると、コスメ・スキンケア用品の売り場が見えてきた。棚を眺めている女性が複数いる。他の商品が置いてある場所より、ぐっと明るく華やいで感じられる。

 恥ずかしい。

 ほとんど反射的に足が止まる。あのエリアに行っていいものか、という逡巡が生じた。この恥ずかしさは何なのか。誰かに笑われたり、注意されたりしたときに感じる種類の恥ずかしさが一気にこみ上げてくる。商品を探す勇気が出ず、店内を意味もなくウロウロしてしまう。これでは不審者だ。なぜ恥ずかしく感じるのか、自分でもよくわからない。