いま使っている化粧水や乳液は無印良品の製品だが、考えてみれば、無印良品の店舗は男性でも入りやすく、買いやすい雰囲気があったし、容器のデザインもシンプルそのもので、さほど恥ずかしさを感じずに探すことができた。これまで私が無印良品を使っていたのも、その障壁の低さゆえだったのではないか。一方、ドラッグストアのスキンケアコーナーはとても華やかで、邪悪なものの侵入を排除する結界のように中年男性の侵入を拒んでいた。少なくとも、私にはそう見えた。
しかし、ここであきらめてはいけない。私は変わると決めたのだ。他の女性客が離れたのを見て、私はそっと無人のコスメ・スキンケア売り場へ移動した。ひとまずどのような商品があるのか、雰囲気をつかんだ上で、よさそうなモノを買ってみよう。肌を手入れする製品を買うのに、これほど決心がいるとは思わなかった。
カオスの真っ只中へ
初めて訪れたスキンケア製品売り場は、予想よりもわかりにくかった。どれが何の製品なのか、まったく見当がつかない。当初私は、売り場は「化粧水コーナー」「乳液コーナー」といった分類がされており、各社の化粧水、乳液がまとめてひとつの場所に並んでいるものだと思っていた。比較して買うなら、製品ジャンルごとに分けるのがもっともシンプルだ。しかし、いま見ている棚はあきらかにそのようには並んでいない。これはどういう並べ方なのか。何だか雰囲気で適当に置いたようにも見える。
たとえばCDショップでビートルズを探すなら、ロック・ポップスのコーナーへ行ってBの棚を見る。これは非常にわかりやすい。しかし、ドラッグストアに化粧水のコーナーはないし、メーカー名の順に並んでもいない。私は「化粧水のコーナーでSの棚を探せば、資生堂の化粧水が買える」と思っていたが、そうではないのだ。私が過去に、レコード店、CDショップで培ってきたDIGのテクニックがここでは通用しない。これまでの知識では太刀打ちできない場所に来てしまったと思った。
しばらく観察し、どうやら製品はメーカー別に置いてあるようだと気がついた。ロート製薬、花王、常盤薬品、富士フイルム(知らなかったが、富士フイルムはスキンケア製品も出しているのだ)。各メーカーの製品が、ひとつの場所にすべてまとめて置かれている。店舗におけるコスメ・スキンケア製品の並べ方は、あくまでメーカーが主体となっているのだ。
なるほどそうか。これは意外だった。少し考えてみて、これは書店の文庫棚や新書棚の分類法に近いと気がついた。岩波文庫、新潮文庫、講談社文庫。自分で本を買い始めた中学時代、書店では文庫本だけが著者名順ではなく出版社別に並べられるシステムに戸惑った記憶があるが(同じ著者が複数の出版社にまたがって文庫を出している場合、それぞれの棚を探さなくてはならない)、スキンケア製品は何らかの理由で、分類に文庫本システムを採用しているのだ。
また、本が好きであれば、古典なら岩波文庫、SFであればハヤカワ文庫など、出版社ごとの得意分野を把握しているものだ。その考え方でいくなら、スキンケア用品を使う人もきっと、化粧品メーカーごとの特徴をつかんでいるに違いない。まずはそこから勉強を始めなければ、スキンケアは攻略できないだろう。こいつは相当手強いぞ、と私は棚の前で不安になった。