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娘に「捨てられた」母

 その涼子の心を癒してくれたのが、バイト先で知り合った片桐義彦(45歳)でした。

 片桐は両親が新興宗教に入信していて、彼自身も熱心な信者でした。その穏やかで誠実な人柄とひたむきな信仰心に、涼子は安らぎと愛情を感じました。

 そして、母親には無断で涼子も片桐と同じ宗教に入信します。

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写真はイメージです ©getty

 ところが、ある日、同じ信者の人からかかって来た電話をトミが取ったことで、母の知るところとなりました。

 トミは、自分の娘が得体の知れない宗教にはまってしまったことで、絶望の淵に突き落とされた気がしました。そして、なんとかその宗教をやめるように娘を説得しましたが、娘は「やめない」の一点張り。

 トミは仕方なく片桐を呼び出し、涼子と縁を切ってくれるように頼みましたが、聞き入れてもらえなかったため、片桐を罵りました。ところが、これが涼子の耳に入り逆効果となってしまいます。

 片桐を呼び出して罵った母親の行為に涼子は激怒し、母親を無視して、なんと片桐との婚姻届を提出してしまったのです。

「私は、彼と一緒になります。彼と同じ信仰を持ち、彼とひとつの墓に埋葬されたい」。そんな内容の手紙が娘から来たことで、トミは、娘が自分を捨てたのだとはっきり感じました。

 以来、娘とは絶縁状態になり、ひとり暮らしで会社を切り盛りして来ましたが、70歳を超えると、さすがに寄る年波には勝てず、75歳で会社をたたみ、老人ホームに入居しました。

老人ホームでの平穏な日々のなか半生を思い返す

 老人ホームでの生活は、それまでの慌ただしい毎日とは正反対で、何も起きない平穏な日々でした。そんななかで思うのは、幼い頃の自分の悲しい思い出と、夫と自分と娘とのつかの間の幸せな時間、そして自分に反旗を翻した娘への怒りと悲しみでした。

 トミの母親は彼女が13歳の時に亡くなり、父は後妻を迎えました。

 その後妻は父の長年の愛人で、トミはその愛人が自分の母を精神的に追い詰めて殺したのだと、今でも思っています。

 後妻には父との間にトミと同じ年頃の2人の子どもがいて、継母はこの2人の実子ばかりを可愛がり、なかなか懐こうとしないトミには何かと辛く当たりました。そのたびに、トミは、早く大人になって家を出たいと思いました。

 トミが、高校を卒業するやいなやすぐに山田家に嫁いだのにはこうした事情がありました。

 以来、実家とは縁を切り、その後一切、連絡も取っていません。

 一度、後妻の子どもが会社に金を借りに来たことがありましたが、トミにとっては母親を苦しめた愛人の子どもですから、けんもほろろに追い返しました。