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最後の思いを託した「遺言書」

 会社をたたみ、全財産を現金化して老人ホームに入ったトミの気がかりは、やはり、縁を切った娘のことでした。

 幼い頃の可愛かった姿ばかりが目に浮かび、あんな宗教に入っていなかったら、あんな男と結婚していなかったら、今でも仲の良い親子でいられたのではないかと思うと、悔しさばかりがつのります。

 そんな思いが堂々巡りする毎日の中で、トミは早く娘を宗教から抜けさせなくてはいけないと固く思うようになりました。

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 そして、その思いを自分の「遺言書」に託しました。

愛人の子どもに渡った全財産

 老人ホームで静かな最期を迎えたトミの遺品の中に、娘への「遺言書」がありました。

 その「遺言書」には「娘に、自分の全財産を譲る」と書いてありました。ただし、それには2つの条件があって、1つは「入信している宗教から抜けること」。もう1つは「自分(トミ)の葬式は、今、入信している宗教では行わないこと」でした。

 このトミの「遺言書」を読んだ娘の涼子は、悩んだ末にトミの全財産を相続放棄しました。

 信仰心の厚い片桐家にも馴染み、子どもも生まれ、幸せな日々を送っていた涼子にとっては、母が出した条件はとうてい受け入れがたいものだったのです。

 相続の順位で言えば、一人娘の涼子が相続を放棄したら、次に相続権があるのは両親ですが、トミの両親はすでに他界しています。

 そうなると、その財産は、兄弟姉妹が相続することになります。

 トミの兄弟姉妹といえば、トミが母親の仇とまで思っていた、のちに後妻となった父の愛人の2人の子どもです。この2人は、健在でした。

 実家とは縁を切ったつもりで一切の連絡を絶ってきたトミですが、2人とは同じ父を持つ兄弟姉妹です。

 皮肉なことに、トミが涼子を立派に育て上げようと汗水垂らして働き続け、築き上げた全財産は、トミが最もあげたくない後妻の子どもたちの手にすべて渡ることになってしまいました。