“スカした伊武雅刀”“いつもいない高橋幸宏”…小林克也(82)が振り返るYMOともコラボした伝説のラジオ番組「スネークマンショー」舞台ウラ

ラジオ界のゴッドファーザー小林克也インタビュー#1

内田 正樹 内田 正樹
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小林 彼は曲を紹介するとき、必ず何らかのハプニングを起こしていた。例えば「マクドナルドか? ○☓部隊のためにビッグマックが1000個必要だ。え、そんなに作れない!? よし、じゃあ大至急500個頼む!」とかめちゃくちゃな嘘八百を並べながら曲をかける(笑)。すると曲がそれまでとは全く違って聴こえるんですよ。

 ウルフマン・ジャックに直接会ったとき、彼は僕に「俺は心に劇場を作っているんだ。リスナーの心の中にね」と語っていました。僕もコントや物語を考えるのが好きだったから、それで始めたのがスネークマンショーでした。

©文藝春秋 撮影/石川啓次

YMOとコラボした「スネークマンショー」誕生秘話

――スネークマンショーは選曲家の桑原茂一さんと1976年にスタート。追ってすぐに俳優の伊武雅刀さんが合流し、ラジオ番組や音楽活動で熱狂的なファンを獲得しました。

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小林 最初は僕一人だけで英語でしゃべっていたんだけど、いまいち面白さが伝わらない。で、ちょうどFM局のスタジオでスカしてしゃべっていた伊武を見つけてね(笑)。彼を入れたら面白いだろうと踏んだら案の定上手くいった。

©文藝春秋 撮影/文藝春秋

 伊武は全身全霊を使う真の役者だったのでコントのキャラクターになりきる才能があった。そのおかげでコントが途端にリアルさを帯びたんです。ちょうどパンクの時代だったから、軍艦マーチが鳴って「こらぁ、お前ら何かけてんだ!?」「いや、パンク……」「何!? パン食い競争か!? とにかくそんなのけしからん!」と掛け合いをやって、レコードを壊す雑音が入ってセックス・ピストルズをかけるんだよ(笑)。コントが好きな僕、身体と知性でキャラになりきる伊武、選曲の名人・桑原君という三人が集まったことで何だか面白くなっちゃったんですね。

――スネークマンショーはYMOのアルバム『増殖-X∞Multiplies』(1980年)のコラボレーションでも知られています。1月にはYMOの高橋幸宏さんと、YMOと親しかった鮎川誠さんが相次いで亡くなられました(※この取材の翌日には坂本龍一の逝去が報じられた)。克也さんはお二人それぞれと親交がありました。