「野球コラム」と思って読み始めた方には申し訳ないのだが、しばらく野球とは関係ない話にお付き合い願いたい。今から30年ちょっと前のこと。ジェネレーションX、いわゆる「X世代」にギリ入り、当時はまだ“若者”だった僕がめちゃくちゃハマった曲がある。1990年代に米国で生まれた「グランジ」と呼ばれる一大ムーブメントの火付け役となったバンド、ニルヴァーナの『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』だ。
「10代の精神のような匂い」
この曲は1991年9月にリリースされた彼らのメジャーデビューアルバム『ネヴァー・マインド』の1曲目に収録され、アルバムからのファーストシングルとしても発売されている。曲のタイトルは、日本語に直訳すれば「10代の精神のような匂い」。なんだかスゴいことを歌っていそうなのだが、歌詞にはこの言葉はまったく登場しない。実は「ティーン・スピリット」とは若者向けのデオドラントの商品名であり、ボーカルのカート・コバーン(実際の発音は「コベイン」に近いが、ここでは一般的な表記に準ずる)が、友人が自分に向けて書いた落書きから引用したものだったという。
静かなパートと激しいパートが交差する「ラウド・クワイエット・ラウド」と呼ばれる構成や、何を歌っているのかよく分からないながらも、ところどころ聞き取れる刺激的な単語やフレーズ、そしてどこか憤りをはらんだ歌声──それらが僕に“刺さる”ようになったのは、翌年の春になってからのことだった。
「どれくらい落ち込んでる?」
その頃、僕は就職して初めての異動を経験したばかりで、業務や環境の変化に馴染めず、持って行き場のない苛立ちや焦燥感を抱え、時に激しく落ち込んでいた。『スメルズ・ライク~』のサビ前に何度か繰り返される「ハロー、ハロー、ハロー、ハウ・ロー?(どれくらい落ち込んでる?)」というフレーズは、自分に向けたメッセージのように聞こえたし、怒りをぶつけるようなカートの歌い方は僕の思いを代弁してくれているようにも感じた。
当時は仕事から帰るとすぐに自室のCDコンポの電源を入れて、購入した『ネヴァー・マインド』を聞くのが日課になっていた。アルバム1曲目の『スメルズ・ライク~』を聞くことで、次の日も仕事に向かう“活力”を得ていたように思う。
突如、神宮球場に流れてきた“あの曲”に
そんな思い出のある曲を21世紀に入って20年以上が過ぎた今、スワローズの選手の登場曲として耳にする日が来るとは、夢にも思わなかった。3月31日の神宮球場、小川泰弘が自身7回目の開幕マウンドに向けて、小走りでマウンドに上がっていった後のことだ。
小川は2020、21年にはイギリスのロックバンド、オアシスの『ロール・ウィズ・イット』を登板時の出囃子にしていたのだが、昨年は韓国ドラマ『梨泰院(イテウォン)クラス』の挿入歌であるハ・ヒョヌの『Diamond』を使用。てっきり今年もその流れだとばかり思っていた。すると──。
「ハロー、ハロー、ハロー、ハウ・ロー?」。ぼんやりと聞こえてきたのである、あのフレーズが。思わずギョッとした。『スメルズ・ライク~』自体は、今もスマホでしばしば聞いている。ただ、それは自分で聞こうと思って聞いているわけで、思いもよらぬ場所でたまたまこの曲が聞こえてくるということはめったにない。だからその瞬間、「ハロー、ハロー~」のフレーズと共に“あの頃”の感覚が蘇ってきて、プレーボール直前だというのにちょっと動揺してしまった。