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「彼はセンスがいいね」ニルヴァーナを登場曲に使ったスワローズOB

 もっともスワローズの選手がニルヴァーナの曲を出囃子に使うのは、小川が初めてではない。僕が知る限りでは、2015年のセ・リーグ優勝に守護神として貢献したトニー・バーネットが、来日1年目の2010年に『ネヴァー・マインド』2曲目の『イン・ブルーム』を使用している。

 バーネットは生まれこそアラスカ州だが、育ったのはグランジ発祥の地として知られるワシントン州シアトル。現在はヤクルトの編成部アドバイザーを務める彼に『イン・ブルーム』を使っていた理由を尋ねると「ニルヴァーナは最高(awesome)だからさ」という。さらに小川が今年から『スメルズ・ライク~』を登場曲にしていると伝えると、「彼はセンスがいいね」と返してきた。

 それでは小川はなぜ、この曲を出囃子に選んだのか? ずっと気にはなりつつも、野球の話を優先して聞けなかった質問をつい先日、本人にぶつけてみた。

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「伝説のバンドですよね?」

 ニルヴァーナの話を持ち出すと、「伝説のバンドですよね。僕らの世代で知ってるのか分からないですけど、ちょっと上の世代じゃないですか?」という。小川はY世代ともミレニアム世代とも呼ばれる1990年生まれ。普通に生きてきたら知らないのが当たり前かもしれない米国のバンドの存在を知ったのは「知人から『伝説のバンドがある』って聞いた」からだった。

 ただし、その選曲には彼なりのこだわりがある。ニルヴァーナは『ネヴァー・マインド』も含め3枚のオリジナル・アルバムを残しているのだが、その中から「どれにしようか考えて、フィーリング的にしっくりきたんです。歌詞はよく分からないんですけど、あの(ラウド・クワイエット・ラウドな)感じが登場曲にいいんじゃないかなって思って」と、『スメルズ・ライク~』を選んでいる。

「2分ぐらい使いたいですよね。『盛り上がるところまで聞けるかな』って」

 しかも、この曲は「可能であれば10秒以内に抑えること」という制限のある、打者の出囃子には向かない。曲の長さは約5分だが、小川は「2分ぐらい使いたいですよね。『盛り上がるところまで聞けるかな』とか(時間を)測って、これなら使えるかもしれないって考えて」決めたのだという。さらに、この曲は「聞くと元気が出ますよね」とも言う。

 それはX世代の僕がかつてこの曲から与えられていた“元気”とは、少し意味合いが違うのかもしれない。それでもあれから30年あまりの時を経て、Y世代の小川もこの曲から元気をもらいながらマウンドに上がっているというのは、感慨深いものがある。

静かなところは小川の物静かな雰囲気に、盛り上がるところは気迫になぞらえている

 僕自身はあの曲のクワイエットなところは小川の普段の物静かな雰囲気に、ラウドなところはここ一番で見せるマウンド上での気迫になぞらえている。『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』と共に2023年シーズンを迎えた小川は、かつての「ライアン投法」に戻して8年ぶりの開幕戦勝利を記録。そこから3試合連続クオリティスタート(QS)、この間の防御率は0.47と、出足は上々だった。

 ところがなかなか勝ちには恵まれず、5月6日のDeNA戦(神宮)では強風吹き荒れる中、2回までに4本のアーチを浴びるなど8失点で4敗目を喫した。そこで、続く14日の中日戦(神宮)では昨年までの2段モーションに戻し「(DeNA戦が)すごい悔しかったですし、全力で行けるところまで行こうと思って」と、立ち上がりから飛ばして7回までわずか2安打、1失点に抑えた。8回に満塁本塁打を浴びてマウンドを降りたものの、開幕戦以来となる2勝目、通算94勝目を挙げた。

スワローズの“伝説”となってほしい

 ニルヴァーナは人気絶頂にあった1994年4月、カート・コバーンが27歳の若さで自ら命を絶ったことにより解散。僕は神宮の開幕戦でつば九郎のデビューを見届け、帰宅後に開いた夕刊の記事で彼の死を知ったのだが、一気に体中の力が抜けそうになったのを覚えている。

 人気絶頂の中、バンドとして短命に終わったことも、ニルヴァーナが“伝説”となった理由の1つだ。だが、5月16日に33歳の誕生日を迎えたばかりの小川には、現役選手として息の長い活躍を続けて“伝説”になってほしい。まずは現在のスワローズの“レジェンド”である石川雅規に次ぐ、球団史上6人目の通算100勝達成に期待している。球団初のリーグ3連覇に向け、チームが巻き返していくためにも──。

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