「これは私の勝手な印象ですが、庵野さんの目指すお芝居は“的が狭い”んです。毎回、“今日は当たるかなー”という思いで現場に向かっていました。」
大人気アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』では、キーパーソンの1人である葛城ミサト役を務めた声優の三石琴乃さん。当時29歳だった彼女が、エヴァに挑む上で苦労したこと、そして庵野秀明監督と働いて得たものとは? 自身のキャリアを綴った新刊『ことのは』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/1回目から続く)
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革新的なエヴァの現場
この頃、抱いていた夢がありまして。イイ女の役をやりたいと思っていたんです。それが叶ったのが『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサト役でした。
テレビ放送が始まったのが1995年で、そのとき私は27歳。ミサトは29歳の設定でしたから、わずか2歳差、されど2歳差。私にとってはすごく大人の女性に感じていました。
『エヴァ』に関しては何かにつけ大変だったという思い出が一番です。それはTVアニメも劇場版も。テレビ版の音響監督は田中英行さんでしたから、また楽しい現場になるかしらなんて思っていたけど、第一話の台本を読むと、ミサトはいきなりたくさんしゃべってるし、不思議なワードが多く“えーと……意味とニュアンスはこれで大丈夫なの?”と暗中模索のスタートでした。それに、年上の女性であることを変に意識してしまっていたんでしょうね。背伸びをして、いかにもお姉さんというようなしゃべり方をして、自分でもしっくりきていないのがわかっていました。
共演者の方々が着実に役になじんでいくなか、私だけ上滑りしているようでした。それを見透かしたかのように、当時キングレコードのプロデューサーだった大月俊倫さんから、「琴ちゃんだけ出遅れてるね」って言われちゃって。自分がいちばんわかっていたから、本当に悔しかったです。一度ドーンと落ち込んだけど“待てよ、自分の年齢とそんな変わらないはず”と思い直し、作ることをやめて感情に素直にしゃべるようにしたんです。そうしたら、窮屈に感じていた苦しさも徐々になくなっていきました。
衝撃のテレビ放送の後、新劇場版から、庵野秀明監督が直接音響監督も務めるようになりました。これは私の勝手な印象ですが、庵野さんの目指すお芝居は“的が狭い”んです。毎回、“今日は当たるかなー”という思いで現場に向かっていました。
後から聞いた話ですが、私のセリフに関して初回のテイクを使うことが多かったそうです。リテイクの数は多いものの、それは決してダメだからやり直すのではなく、違うアプローチでピンとくる表現を求めていたんでしょう。とにかくいろんな可能性を試されるんですよね。
そこまでこだわる音響監督はなかなかいらっしゃいませんし、アニメ収録の現場としてはすごく時間がかかったので、当時業界ではウワサになりました。体力も集中力も消耗しましたが、それ以上に私には得るものがたくさんあったように思います。