庵野さんの現場で、ほかにはない演出を感じたことがありました。セリフの切り貼りです。それまでは、たとえば3行のセリフがOKならば、まるまる使っていただくのが当たり前のように思っていました。でも、庵野監督の場合は何度もテイクを重ね、その中から欲しい部分を編集して組み替えることもあるようでした。データ録音になったからできることだけど、とても手間のかかる作業。実写映画ってそうなのかしら?
新劇場版の初期の頃、完成した作品を見て「あれ?」と思ったんです。“私、こんなふうにしゃべった記憶がないんだけどな……?”って。
そしてセリフを編集していると気づいてから、“そうか、これが庵野さん流なんだ”と理解しました。庵野さんは「テイクが違っても、芝居のいいところを組み合わせて、しっくりくるかどうかで選んでます」とのことでした。となると、私は彼が求めるテイクを提供できるよう、一点集中で、“よ~し、何本でも希望するだけのセリフを投げましょう!”と覚悟を決めて臨みました。そして、強弱や緩急のこだわった完成品を見て衝撃を受けるのです。
役者の心情を尊重してくれるのが庵野監督
また庵野さんは「声優さんは口パクに合わせる技術が素晴らしいのですが、そこは無視して自分の間でいいです」と、役者の心情を尊重してくれることが多いです。
TV版のように放送の尺がきっちり決まっている場合は難しいですが、劇場版などでは可能。キャラの表情も限定しないよう、あえて顔が見えない背中やオフの画にすることもあります。
そもそも声優は、出来上がった尺の口パクやブレスにピタリと合わせ、なおかつ気持ちを入れ込めてしまう特殊技術。そこに美徳を感じます。でも口パクという制限が外れることで、自由度が高まり、役者はそのときどきの感情に身を委ねていろんなお芝居ができる。
ただし、このやり方はなかなか終わりがなく、時間がかかってしまうのですが……。劇場アニメで3回も4回も呼ばれるなんて、『エヴァ』だけです。
でも、常識にとらわれない発想がたくさん詰まっていて、まさに唯一無二といえる、刺激的で革新的な現場でした。