政治外交ジャーナリストの岩田明子氏による連載「安倍晋三秘録」の最終回を一部転載します(文藝春秋2023年6月号)。

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習近平の「腕を切り落とす覚悟」

 安倍晋三元総理が、習近平の本音を垣間見るようになったのは、2018年頃からだ。例えば同年10月26日に、中国で行われた首脳会談の後の夕食会。この時は習夫妻と安倍夫妻が席を共にしている。

「あなたのお父様は、日中平和友好条約の締結のために大変な貢献をされました」

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 習は冒頭にこう言って、安倍の父・晋太郎のことを褒め称え、さらに話題は多岐に及んでいった。翌年に日本でのラグビーワールドカップの開催を控えていたことから、スポーツの話に花が咲き、東京五輪やサッカー、バレー、相撲の話題が続く。

 安倍が「東京五輪は開催都市が新種目を提案できるが、相撲だとモンゴル勢が金銀銅を独占してしまうので止めました」と冗談半分に言うと、習はこう応じている。

「ウラジオストクの東方経済フォーラムで、大相撲で活躍した朝青龍さんにお会いしました。大柄な人が歩いており、『なんだか見たことある人だ』と思っていたら、朝青龍さんだったのです。日本は伝統を重視しますが、相撲もその一つ。古くから続くルールが面白いですね。私も十数年前には、仕事を終えて帰宅すると、まずはテレビで相撲を見るのが習慣でしたよ」

筆者の岩田明子氏

 また、習が国家主席就任当初から反腐敗活動に力を入れていたことを安倍が指摘すると、習はこんな考えを明かしたという。

「反腐敗活動は人の体がウィルスを追い出すように、政治家としての務めだと思っています。ただ、共産党による一党支配の体制では、反対する党がいません。反腐敗活動は医者が自分の身体にメスを入れるようなもので、その分、苦労も多いのです。ただ、私は自分の腕を切り落とす覚悟でやり遂げるつもりです」