「私はお子さんの治療に関して日常的に親御さんと多く接するなかで、何か治療薬や対処法を提示するとき、その判断をしなければならない親の不安に触れることが多くあるんですね。
どんな治療薬や介入法でも副作用のリスクもあります。それが怖いという気持ちは私にも痛いほどわかります。しかし、それを恐れて介入しない選択をした場合、その判断にもリスクがあることを忘れてはいけない、ということを、重いうつ病で苦しんでいるとか、希死念慮があるとか、癇癪を起こして家族が子どもの暴力に怯えているといったお子さんの状態に悩んでいる保護者の方々に伝える場面が多いんです。副作用などの介入のリスクと、病状が続くという介入しないリスク、どちらのリスクも考え合わせて、状況に応じて、親御さんの判断をサポートしていくのが小児精神科医としての仕事です。
子どものメンタル危機は家族としても子どもとしても辛いことだから、その苦痛に今すぐフォーカスしなければならない場合もあります。その際には介入しないリスクのほうが介入するリスクよりも大きい。科学的エビデンスを説明して、あなたの判断がどのような形であっても批判しないし、うまくいってもいかなくても、その結果を私は一緒にサポートするという共感の姿勢を示して、手を取り合って前に進もう。私はワクチン接種の啓発活動のなかで、接種するリスクとしないリスクのバランスを説明したのは、いつもの診察で伝えているのと同じこのメッセージを伝えていたのだと思います」
あるベトナム帰還兵との対話
本書の中にはフェミニズム的な観点から提示されるソーシャルジャスティスの視点だけでなく、変化に向けて他者や社会に働きかけるための考え方や、日常的なアクションの事例が豊富に描かれている。内田さんのお子さんとの会話や、医師と患者としての診察の中での関りの中での気づきなど、日常におけるパーソナルな実践が綴られるだけに、絵空事ではなく明日から生活に取り入れてみよう、と勇気づけられるはずだ。中でも多くのことを考えさせられるのが、ベトナム帰還兵との対話を描いた1章だ。
「今回は、かつての私の患者さんであったベトナム帰還兵さんに同意を得て書かせていただいたのですが、心に残るケースというのは過去にいくつもあって、こういう患者さんのストーリーとその関係性の中から学んでいることはたくさんあります。この方はアメリカ生まれの白人のベトナム戦争経験の帰還兵さんで、当時日本からやって来たアジア人の研修医の私は人種差別的な言葉を浴びせかけられ、嫌悪感と恐怖でいっぱいだったんです。
でも、最終的にはセッションを通じて、人種差別の考えにつながった戦争でのトラウマ体験や、その思いを紐解いていく過程をサポートできたことで、その嫌悪が愛情と敬意に変わっていった。そのプロセスというのは本当にパワフルなもので、私にはすごく希望を見出せるものでした。
アメリカが分断を象徴している国であることは事実だし、ワクチン接種一つとってみても、SNSのコミュニケーションにしても分断が感じられることは日常的に少なくないと思います。でも、私がこの患者さんと分断の色分けを超えるような関係を築くことができたように、分断を超えるような変化の種をまくことはできると希望を持っています。この本がそのきっかけになってくれたら嬉しいです」(#2/#3に続く)
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