「僕がやっていることってすごく矛盾しているんですよ」
ただ、親は僕がスケボーするのに反対していて。僕の病気って紫外線を浴びると進行が早まると言われていたんです。だから親からは「さすがにスケボーはだめだ。あんた自分の目のことなんだと思っているの?」って。しょうがないから周りのスケーターが使っていたボロボロのやつをもらって。こそこそ練習していました。
スケボー始めてからめっちゃ早起きするんですよ。一番乗りで学校にスケボーで行って少し練習して。そんなことばっかりやっているもんだから、親が「そこまでするならわかった。そんなボロボロなものじゃなくて新しいの買ってやるから」と、新品のスケボーを買ってくれました。それからますますスケボーにハマっていきましたね。
僕がやっていることってすごく矛盾しているんですよ。目がどんどん見えなくなるかもしれないのに、スケボーはやるって。矛盾しているけど、自分の中では納得していて。でも、その矛盾が今の結果を生んでいるので。こうやってスケーターとして活動できているので良かったなって思います。
特別支援学校では頼られる存在に
ーー大内さんは高校は特別支援学校に進学されたんですよね。
大内 高校生になる直前に受けた検査でかなり進行していることがわかったんです。先生に「まだ運転免許は取れますか?」って聞いたら「残念だけどもう取れません」と言われて。たしかにその頃には1人で外を歩くのが難しくなっていたんです。
それでもやっぱり白杖だけは使いたくないという思いがあって。中学生の頃から白杖を使って歩いている人を無意識に避けていたんですよね。「いつか俺もあんな風に障がい者になるのかな」って思うのがいやだったし、周りからそう思われるのも嫌だったから。でも、現実的には特別支援学校に通わざるを得ない状況になっていたので進学を決めました。
特別支援学校って基本的に見えない人しかいないから、その人たちの中では見える人になるんです。中学校までは見えない人だったのに、特別支援学校に行ったら、急に見える人認定されて。頼られていましたね。
写真=杉山秀樹/文藝春秋
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