当時、工藤会組員が使用する携帯電話を割り出して、組員のあいだのやり取りを聞き出す「通信傍受捜査」を試みており、そこで引っかかってきていたのだ。
この捜査のもともとの狙いは、元警部銃撃事件に関する情報収集だった。だが、この女性が襲われる直前に、新たな事件を企てているのではないかと疑われるやり取りが傍受されていたのである。
東京の通信会社の一室でのことだ。
傍受実施班の捜査員らは、通信会社の社員立ち会いのもとでヘッドホンをして耳をそばだてていた。元警部銃撃事件に関与した疑いがある組員が、証拠隠滅を図るやり取りをするのではないかと考えられたことから通話を聞いていたのだ。
「あれがいるのお、1個。名義のないやつが」
そんな言葉がつぶやかれた。
他人名義の携帯電話を準備しようとしているのではないかと推察された。
暴力団の関係者が好んで使う隠語も飛び交っていった。犯行や逃走に使う車、バイクなどを意味するとされる「マシン」、犯行の達成度を意味するとみられる「腹九分」などがそうだ。
そうした会話の中で「何時何分発」、「マフラーをした女」といった言葉が聞かれた。女性を尾行しているのではないかと推測されて、捜査員のあいだに緊張がはしった。
なんとか防ぐことはできないか。
そういう思いで捜査を進めているなかで、帰宅中の女性が路上で突然、刃物で切りつけられる事件が起きてしまったのだ。
女性は当時45歳の看護師で、頭部や首が切られる重傷を負った。
「……この事件じゃないのか!」
捜査員らはそこに気づいたのだ。
野村被告の“背中”が見えてきた
捜査を進めるとすぐ、被害者女性の勤務先であるクリニックで野村被告が下腹部の手術と脱毛施術を受けていたことが判明した。
当初は口が重かったクリニック関係者も、治療をめぐって野村被告と女性のあいだにトラブルがあったことを打ち明けている。
のちの裁判で、野村被告もその点は認めている。
施術中に野村被告が体をぴくりと反応させると、看護師から「あら、野村さんでも痛いんですか。入れ墨に比べたら痛くないでしょ」と言われることがあったそうなのだ。そのときには「ちょっとカチンときた」とも供述している。しかし、看護師を襲うように指示したことはなく、「(自分が)愚痴ったことが組員に伝わって、変なふうになったんかなとも考えられます」と弁明している。
事件の背景がわかっていくのはのちのことだが、野村被告と看護師のあいだでトラブルがあったというだけでも、この事件の性格は容易に推測される。工藤会の関係者がこの看護師を襲う動機は、ほかにみつけようがなかったからだ。