「お宝が出ました!」
天野氏は、微罪であっても必ず起訴に持ち込むことを県警捜査員に約束していた。
当たり前のことながら検察と警察は別組織であり、検察は警察の捜査で得た証拠を元に起訴、不起訴を判断するのが原理原則となる。天野氏と尾上氏がやろうとしていたことはそこに反するともいえなくはない。
“起訴ありき”で検察と警察が連動して捜査に動くことに対しては、工藤会側や一部弁護士からは非難もされていた。
だが天野氏は意に介さなかった。
「敵(工藤会)はすぐ傍にいて、犯罪でもなんでも好き勝手やっているが、こっちには法と証拠しか武器がない。目の前で暴れ回るヤツラがとにかく我慢ならんかった」
天野氏はそういうことを口にしていた。許せない相手にはとことん立ち向かっていく気質がそのまま出ている言葉だ。
警察側も気持ちは同じだった。
従来の暴力団捜査では、内部情報を入手するため、組員との付き合いをある程度容認したり、暴力団側が反発するような捜査を避けるようにしたりする面もあった。だが、捜査1課出身の尾上氏は違った。馴れ合いになることは許さず、容疑が固まった段階で先行して家宅捜索に入り、資料を押収するように命じたのだ。
この方針が当たった。
組員が抵抗するなか、隠れ事務所とみられるマンションの一室を捜索して、金庫をバールでこじ開けたこともあった。金庫の中には資金の流れなど組織運営の実態を示す資料が入っていたのだ。
お手柄の捜査員は、声を弾ませて「お宝が出ました!」と報告した。
こうした捜査が進められていくなかで、いがみ合っていた警察、検察の歯車が嚙み合うようになり、工藤会捜査は着実に前進していったのである。
犯行準備を示唆する隠語
13件あった重要未解決事件のうち、天野、尾上両氏は、ひとつの事件にターゲットを絞った。
2013年1月、福岡市博多区で帰宅中の女性が何者かに刃物で刺される事件があった。
工藤会が拠点を構える北九州市から離れた福岡市で起きたものだ。
事件発生当時、被害者の女性と工藤会との接点は見えてこなかった。にもかかわらず、県警は工藤会による犯行とみて捜査を進めていた。
それには裏付けがあった。