その時、この雪崩斜面の右隣りの4班では、藤松講師が4名の男子生徒にワカンを用いたラッセルを指示し、1班よりも数m上の高みに登っていた。4班の受講生矢崎訓由は、藤松講師より1班に近い位置でラッセルをはじめていた。すると視界の左隅でなんの前ぶれもなくズルズルと雪が動きはじめた。雪と雪が擦れる音だけで、地響きなどはなかった。ほとんどの生徒が「雪崩とはこんなに静かなものか」とのちに述懐している。
4班に続いて2班、5班、3班が救出に加わる
4班の講師藤松太一は、となりの左上方で「ピシッ」というわずかな音がしたのを聞いた。見上げると、まるで巨大なノートの1頁をめくるように、雪がスローモーションで剝がれ落ちてくる。藤松は「ナダレだー!」と大声で叫んだ。藤松と4班の男子生徒は、転がるように駆け降りた。そこには1班の右端でラッセルしていた今井秀幸と田中延男が、雪崩に巻き込まれずに茫然として立っていた。一番手前に誰かの左足が雪面から突き出ている。その1mほど向こうに福島が胸まで埋まり片手を動かしている。あとは累々とした雪の固まり。
4班に続いて、2班、5班、3班が飛んできて救出に加わった。まず、顔を出していた福島が、手掘りとピッケル掘りの生徒により掘り出された。同時に片足が出ていた個所が掘りおこされた。出てきた男は口がガタガタ震え、顔は蒼白だった。関賢司だった。チアノーゼが出はじめていた。雪崩発生後5分が経過していた。
「埋まっていそうな場所」を勘で突いたり、掘ったりを繰り返す
藤松講師は「ほかの先生はどの辺にいると思う?」と、最初に掘り出された福島に問いかけた。しかしその時点では、まだ福島のショックはおさまっておらず、返事は要領を得なかった。4班の生徒たちも「何人で登っていたんですか」と口々に問いながら手を動かしていた。
雪崩た雪の量は予想よりはるかに多く、どこに誰が埋まっているかの痕跡は定かでない。何人が巻き込まれたのかもわからない。しかし、あと10分が勝負だゾという声を聞きながら、生徒や講師は「埋まっていそうな場所」を勘で突いたり、掘ったりをくり返した。時間が勝負だゾと口々に叫ぶ声が谷を制していたが、この時点で、この谷にスコップはなかった。生徒の述懐によれば、雪は重いので掘るのに精一杯だった。掘った雪をどこへ出すかなど考える間もなく放り出していた。意識がしっかりもどってきた福島、関が口を開きはじめ、福島の隣りに赤羽、前方に宮本講師、それに「もう一人、酒井先生が一緒に歩いていたはずだ」ということになった。