この時点で、藤松講師は、テント場にスコップをとりに行けと指示を出している。また思いおもいの場所を探していた生徒や教諭たちに、「固まらずに散らばって探せ」とも声をかけた。
16時20分、古幡講師が警察に第1報を入れる
テント場から持ってきたスコップは、生徒証言によると5、6本だったという。生徒が見つけたワカンをたよりにそのスコップで掘り下げて行き、赤羽康定が発見された。雪崩発生後25分が経過していた。赤羽は意識を失い、ぐったりとしている。矢崎の証言によれば、ややあってガタガタ震えはじめ、生きているのだナと思った。唇の下を切っていたが、低温で血流がにぶっているせいか、しばらく血は出なかった。黄色い顔をして、ずっとデブリの上に座りこんだ姿勢のまま動かなかった。
最初に救出された福島伸一は、完全に回復してスコップを握った。自分の掘り出された左手を掘り進んだ。3mほど離れたところに達した時、デブリのなかにワカンを発見した。「ワカン発見!」の声をかけ、みんなのスコップで集中して掘り出されたのは、宮本主任講師であった。1m半ほどの深さで山側に頭を向け、俯せになっていた。藤松講師が頰を平手で打って刺激を与えた。すると次第に動きはじめた。顔は赤むらさき色だった。雪崩30分後の発掘であった。掘り出されて30分ほどした頃、宮本は、自分が主任講師であり、雪崩に遭ったことを認識できる程度に回復した。
藤松講師の指示により古幡講師が警察に第1報を入れたのは、16時20分であった。
「15時45分、五竜遠見の支尾根で雪崩発生、1名がいまだ行方不明。人手とスコップを早く上げてほしい」というものだった。
雪崩現場では「酒井先生を見つけよう、早くしないと先生の呼吸が止まっちゃう」と懸命の捜索が続いていた。
◆◆◆
やがてデブリの先端から発見された酒井教諭が息を吹き返すことはなかった。自宅で息子の帰りを待っていた酒井三重は、電話で「死」の知らせを受けて失神してしまう。
山岳総合センターの責任者たちは、事故を「自然災害」として処理しようとするが、三重や関係者たちは疑念を持ち始める。ワカンをつけて横一列になって急な斜面を登ったことが、今回の雪崩を引き起こしたのではないか……。
弁護士の中島嘉尚に相談した上で、知事に陳情するために長野県庁へ出向いた三重は、教育長の樋口に事故から今日までの経過を話し、事故原因追及に着手してもらうよう、知事に直接会って話したいと強く要請したが……。