雪崩の原因について「気温が高くなり雪がゆるんで起きる」など、自然に起きるものとして捉えている人は多い。しかし、長野県の五竜岳遠見尾根で起きた雪崩事故をめぐる裁判で「雪崩事故はほんとうに自然災害なのか」が問われたことを知っている人は、どれほどいるだろうか。
事故は1989年3月18日、長野県山岳総合センターが主催し、県立高校山岳部の生徒24名と顧問教師6名を対象にした雪山研修会で起きた。ワカン(雪上歩行具・輪カンジキの略)をつけての歩行訓練をする中、先導する宮本義彦講師と顧問教諭6名は、突如として雪崩に見舞われ、当時24歳の酒井耕教諭が亡くなった。
山岳総合センターの責任者たちは、事故を「自然災害」として処理したが、被害者の親族や関係者たちは疑念を持ち始める。ワカンをつけて横一列になって急な斜面を登ったことが、今回の雪崩を引き起こしたのではないか……。
ここでは、山岳ルポルタージュ作家であり、自らも「のらくろ岳友会」として山行を続ける泉康子さんがまとめた『天災か人災か? 松本雪崩裁判の真実』(言視舎)から一部加筆修正を行い抜粋。被害者遺族とその関係者が、県(知事)を相手に起こした裁判の核心部分である、宮本義彦講師とのやりとりから紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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「知っております。一般論ですから」
反対尋問は、いよいよ核心部に入っていった。研修会当日、1班の“横一列登行法”が、雪崩を起こす原因になっていないかが問われたのである。弁護士の中島嘉尚は甲15号証の10ページを開き、「“雪崩の危険への対応”の最初に」と言いながら、読みはじめた。
「“雪崩事故のほとんどは、遭難者が自分で起こして、自ら巻き込まれるものだ”というふうに指摘されていることは知っていますか」
宮本の答えは「そういう記述が、いくつか本にあることは知っております」であった。
中島「文部省発行の“山岳遭難救助技術テキスト”、新田隆三さんの“雪崩の世界から”のなかにも、雪崩事故のほとんどは、遭難者が自ら起こし、自ら巻き込まれているという指摘があるのは知っていますか」
宮本「知っております。一般論ですから知っております」
人為的な雪崩を避けるために、やってはいけないこと
中島「“積雪内部にあって、表面からは見えない微小なヒビ割れが、人間の荷重や刺激によって、急激に拡大発達して、瞬間的に雪崩の本格的なクラックになる”と書いてあります。これは知っていますネ」
宮本「知っています」
中島「このような人為的な雪崩を避けるために、どうしたらいいかということも言われているのをご存じですか」